松方巌
日本の銀行家、政治家 (1862-1942)
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
薩摩国鹿児島郡鹿児島城下で薩摩藩士・松方正義の長男として生まれる[1][3]。父の死去に伴い1924年(大正13年)9月1日、公爵を襲爵し[1]、貴族院公爵議員に就任した[2][4]。
1883年(明治16年)、ドイツ帝国に留学し、ライプツィヒ大学等で学んだ[2][3][5]。帰国後の1886年(明治19年)、交際官試補となるが実業界へ転身[2][3]。十五銀行副頭取、同頭取、東京銀行集会所副会頭、東京商業会議所特別議員、泰昌銀行頭取、横浜正金銀行取締役、帝国倉庫運輸取締役などを務めた[2][3]。
1927年(昭和2年)4月、昭和金融恐慌で十五銀行が事実上経営破綻、その責任を感じて資産490万円を提供した[5]ほか、三田の本邸、那須の農場、熱海の別荘、多数の骨董など私財の大半を放出の上、同年11月29日に宮内省に対し爵位返上を申し入れた[6]。同年12月6日、貴族院公爵議員を辞職[7][8]して爵位を返上し[1]、一切の公職から退いた[5]。
1942年(昭和17年)死去。家督は松方正義十五男の三郎が養嗣子となり継いだ[9]。
墓所は青山霊園。