松本與作
日本の建築家
From Wikipedia, the free encyclopedia
略歴
1890年9月24日、宮内省で京都御所の修繕などに携わっていた松本源次郎の長男として、現在の京都市上京区に生まれる[1]。
工手学校(現・工学院大学)建築科を1907年7月に卒業する[1]。
辰野葛西事務所に入所し、中央停車場の設計担当を命ぜられ、辰野金吾の指導を受けながらスタッフの1人として従事する[1]。中央停車場の完成後は、第一相互館の施工に携わり、これが縁となって1921年の第一相互館完成後に第一生命保険相互会社へ営繕課長として迎えられる[1]。1922年より欧米各国の建築事情の視察を行い、日本に帰ってきたのは関東大震災直後であった[1]。
第二次世界大戦後に第一生命の終身顧問技師となる[1]。
1990年、逝去[1]。