松浦靖
明治から昭和前期の陸軍軍人、華族
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経歴
平戸藩主・松浦詮の二男として生まれる[1][2][3]。1890年(明治23年)11月、旧平戸新田藩主・松浦家当主、松浦美起子の入夫となり[3]、同年12月1日、家督を相続し[2][3][4]、同月26日、子爵を叙爵した[1][2][3][5]。
1884年(明治17年)6月、陸軍予科士官生徒となり[2]、1885年(明治18年)8月、陸軍士官学校に入学[2](旧11期[6])。1889年(明治22年)7月26日、陸軍歩兵少尉に任官し歩兵第3連隊付となる[2][7]。日清戦争に第1師団に属して出征[2]。1898年(明治31年)10月、歩兵大尉となり歩兵第38連隊中隊長に就任[2]。日露戦争に出征し、1904年(明治37年)10月、歩兵少佐に進んだ[2]。1905年(明治38年)近衛歩兵第1連隊第1大隊長に就任[2]。1911年(明治44年)9月20日、歩兵中佐に昇進し、侍従に任じられた[1][2][8]。その後、宮内省御用掛を務めた[9]。
1943年(昭和18年)1月29日薨去。享年78。 死去につき天皇・皇后・皇太后から祭資、幣帛が下賜された[10]。 墓所は松浦家菩提寺である本所の天祥寺。戒名は乾徳院殿箕山清秀大居士。
