棲霞寺
南京の寺院
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歴史
棲霞寺は南朝斉の永明2年(484年)(永明元年、永明7年の説もあり)に処士の明僧紹(字は徴君)が自らの居所を改築して棲霞精舎を開いたことに始まる。
また、隋から唐初にかけて、僧朗・僧詮・吉蔵(549年 - 623年)らの三論宗の衆徒が、この棲霞山(摂山)の止観寺や棲霞寺を拠点として教勢を張り、摂嶺相承と称せられた。慧布(518年 - 587年)は棲霞寺の禅堂を造営した。唐の高祖李淵が、功徳寺と寺名を改めた。
明の洪武25年(1392年)に寺名を棲霞寺に戻したが、清の咸豊5年(1855年)に棲霞山一帯での清軍と太平天国軍の激戦により焼失、光緒34年(1908年)に再建され、1500年以上の歴史があり、南京最大規模の寺である。清には乾隆帝が「第一金陵名秀山」と称賛した。

境内
交通アクセス
外部リンク
- 棲霞寺公式HP(簡体字中国語GB2312)
- 中国江蘇網(簡体字中国語GB2312)棲霞寺1937特集ページ