棲霞寺

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棲霞寺(せいかじ)は、中華人民共和国江蘇省南京市棲霞区にある仏教より初は三論宗)の寺院南京駅から路線バスで約1時間の南京の北東22キロに位置する棲霞山(摂山)西麓にある。

座標 北緯32度09分15秒 東経118度57分14秒
宗派 三論宗より初)
概要 棲霞寺, 基本情報 ...
棲霞寺
毘盧宝殿
棲霞寺の位置(江蘇省内)
棲霞寺
江蘇省における位置
基本情報
所在地 中華人民共和国の旗 中国江蘇省南京市棲霞区
座標 北緯32度09分15秒 東経118度57分14秒
宗教 仏教
宗派 三論宗より初)
建設
様式 中国建築
創設者 僧紹
創設 489年
完成 1919年(再建)
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歴史

棲霞寺は南朝斉永明2年(484年)(永明元年、永明7年の説もあり)に処士の明僧紹(は徴君)が自らの居所を改築して棲霞精舎を開いたことに始まる。

また、隋から唐初にかけて、僧朗僧詮吉蔵549年 - 623年)らの三論宗の衆徒が、この棲霞山(摂山)の止観寺や棲霞寺を拠点として教勢を張り、摂嶺相承と称せられた。慧布518年 - 587年)は棲霞寺の禅堂を造営した。唐の高祖李淵が、功徳寺と寺名を改めた。

洪武25年(1392年)に寺名を棲霞寺に戻したが、咸豊5年(1855年)に棲霞山一帯での清軍と太平天国軍の激戦により焼失、光緒34年(1908年)に再建され、1500年以上の歴史があり、南京最大規模の寺である。清には乾隆帝が「第一金陵名秀山」と称賛した。

舎利塔

境内

三門、天王殿、毘盧殿、石造の無量殿(大仏閣、三聖殿)、磨崖の千仏龕石窟がある。

無量殿の近くの高台には、仁寿舎利塔がある。ただし、隋の仁寿元年(601年)に建塔されたものだが、五代十国時代南唐の重修である。

秋になると紅葉が見事だという。「棲霞紅葉」は南京の有名な風景のひとつであり、さらに「春牛首、秋棲霞」とも言われることもある。周辺地域には六朝の頃の陵墓、石刻がある。1937年の旧日本軍の南京事件の際に難民約2万人が棲霞寺に避難していたとされ、2005年8月に『棲霞寺1937』という映画が公開された。南京では著名な寺である。


交通アクセス

外部リンク

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