味噌仕立てで馬肉を煮る桜鍋は、明治初期[2] から続く東京の伝統料理である。精力をつける料理なので吉原など色街の近くに多かった。馬肉の生産地である青森県や長野県、熊本県にも同じ料理がある。また、馬肉をしゃぶしゃぶの要領で食すこともある。
東京下町に流行していた鍋料理の一つである[3]。
明治時代には、吉原には二十軒近くの桜鍋屋立ち並び流行した。その理由として、遊び人が支払いのために大量の馬を売り払ったとする説がある[4]。また、文明開化期の横浜で牛鍋が流行ったことに対抗して馬の鍋としたとする説がある[1]。