梅田穰
日本の政治家、熊本県山都町長
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来歴
1966年(昭和41年)3月、熊本県立矢部高等学校を卒業[2]。
1993年(平成5年)5月、矢部町農業協同組合理事に就任[2]。
1998年(平成10年)5月、熊本矢部町農業共同組合代表理事常務に就任[2]。
2005年(平成17年)6月、上益城農業協同組合代表理事組合長に就任[2]。
2011年(平成23年)6月、熊本県農業協同組合中央会副会長に就任[2]。
2014年(平成26年)6月30日、熊本県農業協同組合中央会会長に就任[2]。
2016年(平成28年)12月31日、熊本県農業協同組合中央会会長を退任[2]。
2017年(平成29年)2月26日、前町長の工藤秀一の任期満了に伴う山都町長選挙に立候補し、元山都町議会議員の江頭強を破り初当選[3]。
※当日有権者数:13,946[5]人 最終投票率:78.24[5]%(前回比:
5.59[5]pts)
2021年(令和3年)2月28日、自身の任期満了に伴う山都町長選挙に立候補し、元会社員の有働秀一を破り再選[6]。
※当日有権者数:12,626[7]人 最終投票率:67.56[7]%(前回比:
10.68[7]pts)
2024年(令和6年)1月10日、山都町は梅田が病気療養のため職務に専念できないとし、11日から楢林力也副町長が職務代理者を務めると発表した[8]。前年12月31日に体調不良を訴えて救急搬送となり、脳梗塞と診断されて以降は療養していた[9][10]。その後、同年5月7日に町議会議長宛に同月27日付での辞職願を提出し受理された。辞職に際し町を通じて「公務復帰に向けて治療に専念しておりましたが、このまま町長不在を続けることは望ましくないと判断し、辞職を決意した」とコメントを出した[9][10]。
政策
エピソード
- フルネームを音読みで欧米表記にすると、「じょう・ばいでん」と読めることから「ジョー・バイデンと同じ氏名の町長がいる」とインターネット上で話題となり、バイデンの当選確実の報を受け、梅田に祝福の声が続々と寄せられた[11][12]。このことについて梅田は家族から教えられるまで気が付かず、突然のことに驚いた様子で「遠からぬ縁を感じたが、降って湧いたような話で困惑している」と山都町役場の総務課を通じてコメントした一方で[11][12]、「親近感がある。当選確実と聞いて自分事のようにうれしく思う」とバイデンの勝利を祝福し、「米国大統領と『九州のへそ』山都町の町長と、立場の違いはあるが心意気は同じ。住民の心穣(豊か)な幸せのために職責を果たす」「米国という超大国の大統領と山都町の町長。規模が全く違うが、山都町を知ってもらうためのPRを考えていきたい」などとコメントした[12][13]。後にこの事実は、日本国外でも話題となり、ワシントンポスト等の海外メディアでも報じられた[14]。