横田光弘
日本の政治家 (1957-)
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来歴
東京都出身[3]。慶應義塾志木高等学校(在学中に米国留学)、慶應義塾大学工学部(現・理工学部)機械工学科を卒業後、松下政経塾に入塾(第2期生)[4]。
1987年4月から2期、茅ヶ崎市選挙区選出で神奈川県議会議員を務めた。1期目は無所属であったが、2期目は自由民主党公認で再選[5]。
1993年6月18日投開票の第40回衆議院議員総選挙において神奈川3区(中選挙区)から新党さきがけ公認で立候補するも、定数5に対して約6,000票差の次点6位で落選。その後はIT会社を経営[5]。
2012年、たちあがれ日本に入党[6]。同年12月16日投開票の第46回衆議院議員総選挙では日本維新の会公認で比例南関東ブロック単独で立候補したが、下位登載のため落選。
2014年の維新分党の際は次世代の党に参加し、神奈川1区支部長に就任[6]。同年12月14日投開票の第47回衆議院議員総選挙では選挙区を神奈川3区に変更し立候補するも、最下位で落選。
2020年10月21日、日本維新の会神奈川18区支部長に就任[7]。
2021年10月31日投開票の第49回衆議院議員総選挙では、小選挙区は自由民主党の山際大志郎らに敗れて最下位、比例代表は維新が南関東ブロックで獲得した3議席に対し惜敗率6位で落選。
2024年10月27日投開票の第50回衆議院議員総選挙においても神奈川18区から立候補。小選挙区は5人中4位、比例代表は維新が南関東ブロックで獲得した2議席に対し惜敗率4位で落選。
2026年2月8日投開票の第51回衆議院議員総選挙においても神奈川18区から立候補。小選挙区は得票率11.16%で山際らに敗れて6人中4位となったが、比例代表は維新が南関東ブロックで自民党の登載者不足もあって2議席を獲得し、惜敗率で2位となったため、国政選挙初挑戦から32年7か月を経ての初当選となった[8]。