日和見主義

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日和見主義(ひよりみしゅぎ)とは、「ある定まった考えに基づいて行動するのではなく、形勢を見て有利な側方に追従しよう」という考え方のことである。日和見とは、天気観察のことである。

概要

日和、つまり天気を観て行動を決めるかのようであるのでこの名がついた。政治的な場で他者を批判する時にも使われる言葉である。機会主義(きかいしゅぎ)、投機主義(とうきしゅぎ)、オポチュニズム(opportunism)とも言う。

社会運動、労働運動の文脈では、マルクス主義に反する理論活動、実践だとして、修正主義改良主義を右派日和見主義、一揆主義(冒険主義)を左派日和見主義と、非難の意味を込めて主にマルクス主義者により用いられる。

日和見主義に陥ることを、1960年代の日本で大学闘争の現場においては“日和(ひよ)る”と批判した。セクト(政治的な党派)からオルグ(加入への勧誘)を受けて、同調しない場合にも言われることがあった。

歴史

19世紀フランスの政治家レオン・ガンベッタが盟友に対し、共和主義的政策から中道路線を取るよう説得した。この路線は、後に共和派オポチュニスト党と呼ばれ、この言葉の語源となったとされる[1]

1890年前後、社会主義労働運動において、イギリスやフランスで改良主義が台頭、ドイツでは1896年にマルクス主義を否認するベルンシュタイン修正主義論が発表された。こうした右からの挑戦を、レーニンは『なにをなすべきか?』(1902)で、日和見主義の新たな変種であると批判、以後、国際社会主義労働運動において公認のマルクス主義に反する理論活動や実践は非難の意味を込めて日和見主義と称された。この時点で、日和見主義は改良主義修正主義と同義に用いられたが、レーニンが『共産主義における「左翼」小児病』(1920)で、革命の客観的条件を認識して対処せず、 主観的願望に基づきいたずらに過激な行動をとる一揆的冒険主義を左翼日和見主義と批判した後、公認のマルクス・レーニン主義から逸脱する左右の理論活動や実践は全て日和見主義と称されるようになった。[2]

経済学における機会主義

フランスの政治用語

フランスでOpportunismeは、王政打倒の後、第三共和政を確立したレオン・ガンベタのような、穏健的共和主義者のことを指す場合がある。

脚注

関連項目

外部リンク

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