檜隈
大和国高市郡にあった地域
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概要
檜隈は飛鳥に隣接し、秦氏などと並び有力な渡来系氏族で檜隈忌寸とも称される東漢氏の本拠地である。東漢氏の祖神を祀る於美阿志神社、東漢氏の氏寺の檜隈寺、清水寺の創建に関係する子嶋寺、高松塚古墳やキトラ古墳などの大陸風の壁画古墳が良く知られている。
『続日本紀』に坂上苅田麻呂が宝亀3年(772年)と延暦4年(785年)の2度[注 1]にわたり、坂上氏が同族である東漢氏を代表して光仁天皇や桓武天皇に奉った上表文が伝わり、そこでは後漢霊帝の後裔と称する祖先の阿知使主(阿智王)が応神天皇の時代に17県の人夫を率いて百済から日本へと帰従し、大和国高市郡檜前村を賜って居住したとしている[2]。檜隈が東漢氏の地盤であったことが窺える。
