氷VII
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氷VII(こおりなな, ice VII)は、高圧で生じる氷多形のひとつ。およそ 2 GPa 以上の幅広い圧力領域で安定相として存在する。パーシー・ブリッジマンによって発見された[1]。このページには、氷VIIに加えて、同一の酸素副格子構造をもち、氷VIIの冷却・加熱・加圧で得られる多形(氷VIII・氷X・氷XX)についても記載する。
結晶構造

結晶構造は Kamb らによって1964年に報告され、酸素副格子がbcc格子をなすということはわかっていた[2]。しかし、これらの測定は実際には氷VIIIの安定領域内で行われており、氷VIIIを測定していた可能性が高いが、X線を用いており水素原子の分布に関する情報に乏しく、および測定の分解能の都合で格子ひずみを捉えることができなかったことから、氷VIIIの構造の正確な解析には至らなかったと解釈されている[3]。1984年、Kuhsらは、高圧セル中での中性子粉末回折から、氷VIIの詳細な結晶構造を報告した[3]。空間群は Pn-3mで、2.6 GPaにおける格子定数は a = 3.35 Åと報告されている。
鉱物としての氷VII
実際の地球深部環境において、たとえば温度の低い沈み込み帯などにおいては固体の氷VIIが存在する可能性があると指摘されていた[4]が、長年確認されていなかった。 2018年、Tschaunerらは、マントル遷移層〜下部マントル由来のダイヤモンド中に氷VIIの包有物を見出し、X線回折およびラマン分光法によって同定した[5]。これにより国際鉱物学連合は氷VIIを鉱物として認定した。Tschaunerらの調べた包有物は、水に富んだ領域でダイヤモンドが生成される際に、まず流体の水(流体包有物)としてトラップされたのち、鉱物として地表にあらわれるまでの冷却過程において氷として結晶化したものであると結論づけられた。
氷VIII
氷VIIIは、氷VIIに対応する水素秩序相で、氷VIIの冷却により得られる。2025年現在知られている水素無秩序–秩序相のペアの中で、もっとも高い相転移温度をもつ。
1966年、Whalleyらは、誘電測定に基づき、氷VIIを0°C以下まで冷却した際に、低い誘電率をもつ相へと相転移することを見出し、この相を氷VIIIと名付けた[6]。 Kuhsらは、中性子回折の結果から、この構造が立方晶ではなく正方晶であり、空間群がI41/amdであることを見出し、かつ完全に水素が秩序化した構造をもつことを報告した[3]。
氷VIIとVIIIの相境界は、20 GPa程度の圧力まではほぼ圧力依存性がないが、それ以上の圧力になると低温側へとシフトすることが、ダイヤモンドアンビルセルを用いたラマン分光法による研究で明らかにされている[7]。また、15 GPaまでの中性子回折実験によると、水素秩序化が進行する速度は、10 GPa付近で最も遅く、それ以上でも以下でも速くなる[8]。
多くの高圧氷は、液体窒素温度で常圧に回収したのち加熱すると、積層不整をもつ氷I(氷Isd)になるが、氷VIIIは低密度アモルファス氷(LDA)に変化することが知られている[9]。このように作製したLDAは、水蒸気を低温で蒸着させることにより急冷して作製したLDA(ASW: amorphous solid water)と異なるX線回折パターンやラマンスペクトルを示す[10]。
氷X

氷Xは、酸素副格子がbccであり、かつ水素結合が対称化した(分子内のO-H共有結合長が隣接分子とのO...H水素結合長と等しくなった)状態の氷を指す。Kambらは氷VIIに関する構造解析から、水素結合の対称化は22 GPaよりかなり高い圧力で起こると予想した[2]。1990年台に入り、ダイヤモンドアンビルセルを用いた高圧下その場分光測定が可能になると、赤外分光法およびラマン分光法から、氷VII中の水素結合の対称化、すなわち氷VIIから氷Xへの転移は、室温において60 GPa付近で起こると報告された[11][12][13]。相転移には同位体効果があり、重水試料では70 GPa付近になると報告されている。
氷VIIから氷Xへ至る過程においてはいくつかの「中間状態」が提案されているが、はっきりとした合意は得られておらず、また測定手法によりそれぞれの状態の定義も異なることには注意が必要である。たとえば、放射光X線回折および理論計算に基づく議論から、40 GPa付近で動的に乱れた氷VII(文献によっては、氷VII'と呼ばれる)へとまず変化したのち、さらなる加圧によって氷Xへと転移するという主張がある[14]。
また、圧縮率の変化に注目すると、乱れた氷VII(氷VII')、対称化した氷X(氷X')、静的な氷X(氷X)の3つに分類でき、それぞれ35-40, 50-55, 90-110 GPaの圧力以降で生じるという近年の報告もある[15]。
ほかにも、さらに低い圧力である5 GPa付近で正方晶系へのひずみが見られるという主張もある(氷VIIt)[16]。Meierらは、プロトンNMRによって氷VII中のプロトントンネリングの圧力発展を調べ、20 GPa以降で氷VIIの水素結合の障壁は低くなり、70 GPa付近での対称化に至ると結論づけた[17]。また彼らは完全な対称化が起こるためには100-120 GPaの圧力が必要であると示唆している。
近年の中性子回折による重水試料に対する構造解析によれば、80 GPa付近で水素原子の平均分布が二峰性分布から単峰性分布に変化するが、共有結合および水素結合したO-D距離が完全に等しくなるためには、120 GPa程度の圧力が必要であると示唆された[18]。
近年のAcklandらによる理論研究によれば、氷VIIとXの相転移は、低温領域では1次相転移であるが、氷VIIIの安定領域中に臨界点が存在することから、室温では両相は臨界状態であると提案されている[19]。
