永代通り
東京都の通り
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概要
歴史
- 1876年(明治9年)6月8日 : 「太政官達第60号」(道路ノ等級ヲ廢シ國道縣道里道ヲ定ム)にて、日本橋を起点とする国道などが制定され、現在の永代通りも一部に指定される。
- 1885年(明治18年)2月24日 : 「内務省告示第6号」(國道表)にて、「1號」(東京ヨリ横濱ニ達スル路線)などに指定される。
- 1920年(大正9年)4月1日 : 「道路法」に基づく「路線認定」が施行され、国道1号(東京から神宮に達する路線)などに指定。
- 1923年(大正12年)9月1日 : 関東大震災が起きる。
- 1923年(大正12年)9月27日 : 帝都復興院が設立され、その後震災復興再開発事業による再整備が始まる。
- 1930年(昭和5年)3月26日 : 帝都復興祭が行われ、東京中心部がほぼ現在の街路・街並みとなる。
- 1946年(昭和21年)3月26日 : 「戦災復興院告示第3号」にて、一部が東京都都市計画道路環状1号線・放射16号線に指定。
- 1952年(昭和27年)12月4日 : 道路法に基づく「路線指定」で、一級国道1号などに指定される。
- 1965年(昭和40年)4月1日 : 道路法改正によって、一般国道1号などとなる。
- 2025年(令和7年)1月12日:永代橋の中央線変移を午前7時00分で終了、西行き3車線・東行き2車線に固定[1]。
路線状況
路線は以下のようになっている。
- 東京都道403号大手町湯島線(環状1号線):大手門交差点 - 大手町交差点
- 国道1号・国道20号(放射16号線):大手町交差点 - 日本橋交差点
- 東京都道10号東京浦安線(放射16号線):日本橋交差点 - 清砂大橋西詰交差点
道路施設
中央線変移区間
- 永代橋付近:通常は西行きが3車線・東行きが2車線になっているが、日曜・祝日を除いて夜6時から夜9時まで東行きを3車線・西行きを2車線にしていた。2025年1月12日より終日西行き3車線・東行き2車線に変更される。
地理
通過する自治体
交差する道路
交差する道路
| 永代通りの路線 | 交差する道路 / 通称 | 交差する場所 | |
|---|---|---|---|
| 都道403号大手町湯島線 | 都道301号白山祝田田町線 / 内堀通り | 千代田区 | 大手門交差点 |
| 国道1号・国道20号・都道403号大手町湯島線 / 日比谷通り | 大手町交差点 | ||
| 国道1号・国道20号 | |||
| 都道402号錦町有楽町線 | 大手町駅前交差点 | ||
| 都道407号丸の内室町線 | 丸の内一丁目交差点 | ||
| 都道407号丸の内室町線 / 江戸通り | |||
| 都道405号外濠環状線 / 外堀通り 首都高速八重洲線 |
呉服橋交差点 (首都高は接続なし) | ||
| 中央区 | |||
| 国道1号・国道15号・国道20号 / 中央通り | 日本橋交差点 | ||
| 都道10号東京浦安線 | |||
| 都道316号日本橋芝浦大森線 / 昭和通り | 江戸橋一丁目交差点 | ||
| 首都高速都心環状線 | (接続なし) | ||
| 都道50号東京市川線 / 新大橋通り | 茅場町二丁目交差点 | ||
| 鍛冶橋通り | 永代橋西交差点 | ||
| 都道475号永代葛西橋線 / 葛西橋通り | 江東区 | 永代二丁目交差点 | |
| 都道463号上野月島線 / 清澄通り | 門前仲町交差点 | ||
| 首都高速9号深川線 | (接続なし) | ||
| 都道319号環状三号線 / 三ツ目通り | 木場五丁目交差点 | ||
| 都道465号深川吾嬬町線 / 四ツ目通り | 東陽町駅前交差点 | ||
| 都道10号東京浦安線・都道306号王子千住夢の島線 / 明治通り | 日曹橋交差点 | ||
| 都道10号東京浦安線 / 丸八通り | 南砂町駅入口交差点 | ||
| (江東区道) | 清砂大橋西詰交差点 | ||
| 都道10号東京浦安線 / 清砂大橋通り(葛西方面) | |||
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