江刺県
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概要
戊辰戦争で奥羽越列藩同盟を結成して盟主となった仙台藩は、恭順・開城ののち、明治政府より敗戦の責任を問われ、表高62万石から実高28万石に減封される。また、仙台藩の先兵として新政府軍に抗った盛岡藩も、表高20万石から明治政府が仙台藩から没収した白石城に13万石で減転封されるなどの制裁処分を受けた。
その際、仙台藩領、盛岡藩領の一部が明治政府直轄の信濃松代藩、松本藩取締地となり、それぞれ盛岡県、花巻県と称した。両地には8ヶ月後に正式に江刺県が設置された。
1871年(明治4年)11月2日に第1次府県統合により盛岡県、一関県に分割編入され廃止された。一関県は水沢県、磐井県への改称を経て宮城県、岩手県に分割され、旧江刺県域は岩手県に編入されて現在に至る。
