二十三府制では咸興・開城の境界地点で、1945年8月時点で江原道伊川郡・咸鏡南道文川郡の一部であった。1952年12月、文川郡豊上・豊下面、伊川郡熊灘面が編成され、法洞郡が新設された。
年表
この節の出典[1]
- 1952年12月 - 郡面里統廃合により、文川郡豊上面・豊下面および雲林面の一部、伊川郡熊灘面をもって、法洞郡を設置。法洞郡に以下の邑・里が成立。(1邑22里)
- 法洞邑・蘆灘里・汝海里・栗洞里・白日里・鳳凰山里・鷲巌里・漁遊里・長安里・金亀里・鵲洞里・道賛里・嶺底里・巨里・上西里・上甘里・甘屯里・龍浦里・新洞里・乾子里・海浪里・金坪里・亀龍里
- 1954年 (1邑20里)
- 巨里が馬転里に改称。
- 鳳凰山里が蘆灘里・漁遊里に分割編入。
- 上甘里が龍浦里に編入。
- 1961年 - 新洞里が洗浦郡に編入。(1邑19里)