浚県
From Wikipedia, the free encyclopedia
地理
浚県の県内は河川が多く、土地は肥沃で、地形は平野が主である。県の中心となる県城は明代に建設され、平野部に突出する大伾山と浮丘山が城壁内部にあり市街地を挟んでいる。「十里城池半入山」と呼ばれ、丘と街並みが織りなす風景は豫北地方の景勝の一つとされる。かつての城郭都市は、衛河や淇河、さらに古黄河が何度も決壊したことにより洪水の被害を受け、4度も水没し壊滅している。しかし洪水が収まるたびに街は再建されてきた。県城内の2つの山の上には古跡もまた非常に多く、文治閣、子貢祠、天寧寺、大石仏、碧霞宮、千仏寺石窟など100か所以上の重要文物がある。
歴史
行政区画
- 街道:浚州街道、衛渓街道、黎陽街道、伾山街道
- 鎮:善堂鎮、屯子鎮、新鎮鎮、小河鎮、衛賢鎮、王荘鎮
- 郷:白寺郷
経済
文化・観光
浚県は、河南省に七箇所ある国家歴史文化名城の中で唯一の県級行政区である。県城の中には大伾山と浮丘山の二つの山が対峙し、西には衛河が流れる。文治閣が市街の中心で、東西南北に四条の大通りが伸びている。毎年正月九日と正月十六日には相次いで二つの山で盛大な社火表演が挙行され、周囲の農村部の人々も山に登り、幸福を祈る。豫北地方の盛大な年中行事の一つである。大伾山の上にある摩崖大仏は五胡十六国時代に建てられたもので、高さは22メートル余り、華北では最大級で造営された時期も早期のものである。石刻とあわせて全国重点文物保護単位に指定されている。浮丘山には碧霞宮(俗に「老奶大殿」という)という殿閣や千仏寺石窟があり、両方とも国家文物保護単位に指定されている。

