能登介・主殿助を経て、延喜8年(908年)従五位下・信濃守に叙任される。延喜15年(915年)治国の功労により従五位上に叙せられ、伊豆守に任ぜられる。
延喜20年(920年)治部大輔に任ぜられ京官に復すが、延喜21年(921年)山城守を兼ね、延長元年(923年)右衛門権佐に遷任するが、引き続き山城守も務めた。延長4年(926年)伊豆山城両国の治国の功労により正五位下に叙せられると、延長6年(928年)丹波守に任ぜられるなど醍醐朝にて主に地方官を歴任した。朱雀朝の延長9年(931年)卒去。
勅撰歌人として、『古今和歌集』に和歌作品1首が採録されている[1]。