火攻
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方法
火攻という言葉は、紀元前500年ごろの中国、春秋時代の兵法書『孫子』の火攻編に見ることが出来る[4]。
- 火矢(火箭)
- 先端に火をつけた(もしくは先端に火のついた物体を取り付けた)矢を敵陣に撃ち込む。
- 『日本書紀』の欽明天皇15年12月冬に火箭を使い函山城に城攻めを行った記述がある[5]。
- 古代ギリシアの歴史家ヘロドトスは、紀元前480年ごろのペルシア戦争でペルシャ人がアテネを攻めるときに鏃に点火したピッチを付けた矢を使用したと記している[6]。
- 火牛の計
- 火のついた物体を牛に取り付け、その牛を敵陣に突入させる。
- 紀元前三世紀、中国の斉国将軍である田単が、牛の尾に油にひたした葦を付けて火をつけて敵軍に放って敵を混乱に陥れた[7]。日本では、源平合戦を描いた『源平盛衰記』に木曽義仲が牛の角に松明を付けて放つという描写が書かれる[8]。



