灸
艾を皮膚上で燃焼させておこなう伝統的な代替医療、民間療法
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灸(きゅう、やいと)とは、艾(もぐさ)の燃焼あるいはこれに代わる物質を用い、身体表面の一定の部位に温熱刺激を与えることで、疾病の予防や治療などを行う施術法[1]。艾(もぐさ)は植物のヨモギの葉から取れる産毛を陰干しして精製したものである[2][3]。鍼とともに鍼灸として東洋医学で用いられている[4]。




伝統的には艾(もぐさ)を体表(皮膚上)の選択した部位で燃焼させることで病気の治療や予防を行うことをいうが[2][3]、灸刺激の方法には艾灸のほかに火を使わない電気温灸器などもある[5]。
歴史
中国
1973年に中国長沙馬王堆漢墓より発掘された医学書には艾(もぐさ)を治療手段とした文献がみられる[6]。現存する灸療法について記した最も古い文献は、馬王堆帛書に含まれる『足臂十一脈灸経』及び『陰陽十一脈灸経』とされる(馬王堆帛書に含まれる『五十二病方』も灸療法について言及している)[7]。
中国医学の基本原典とされる 『黄帝内経』では、鍼に比べて灸の比重は低く、具体的な施術法も多くはない[7]。
ツボ(孔穴)と疾病を対応させて灸を体系的に記述した最初の書物が『黄帝明堂経』で、この記述は『鍼灸甲乙経』をはじめとする多くの医学書に採録され、鍼灸治療の基本文献とされた[6]。
日本
日本における灸治療の記録は、古くは奈良時代にあり神亀3年(726年)の 「山背国愛宕郡下里計帳」や天平12年(740年)の「越前国江沼郡山背郷計帳」がある[8]。
官職として鍼博士が置かれたが、鍼は外科器具として患部の切開や瀉血などに限定的に用いられ、臨床では灸治が中心だった[6]。
近世には中国で明代までに成立した医学書が大量に導入され、中世以降はじまった日本独自の灸治法(和方灸、家伝灸)が集大成されるに至った[6]。
また、15世紀末に始まる大航海時代以降には、イエズス会士などの西洋人が訪日して灸療法の知識を西洋にもたらした[6]。その影響から『日葡辞書』にも灸に関する用語が多く採録されている[6]。
日本の灸療法の歴史については、臨床的な観点から深谷伊三郎や入江靖二、もぐさやその原料のヨモギの生産について織田隆三による詳細な検討がある[9]。
日本では医師以外の者が灸を業として行う場合はきゅう師免許が必要である[10]。
一方で、後述の台座灸、温筒灸、棒灸などの間接灸はセルフケアとしても用いられており市販の製品がある[11]。
灸術の種類
もぐさを皮膚の上に直接置くようにしたものを艾炷(がいしゅ)という[12]。ただし、以下のように間接的な方法もある。
中国では艾灸法の分類として、艾炷灸法(直接灸と間接灸)、艾条灸法(懸起灸と実按灸)、温針灸法、温灸器灸法に分けられている[13]。懸起灸は日本でいう棒灸、実按灸は日本でいう押灸である[13]。また、温針灸法は日本でいう灸頭鍼である[13]。
日本では有痕灸(直接灸)と無痕灸(間接灸)に大別される[13][14]。
なお、皮膚に直接もぐさを置き、熱感や温感を感じたときに燃焼中の艾炷を取り去る方法を知熱灸というが[15]、無痕灸に分類されることが多い[13][16]。
有痕灸
有痕灸は皮膚の上に直接もぐさを付ける方法である[2]。
無痕灸
無痕灸はもぐさと皮膚の上に物を介在させた状態で火をつける方法である[2]。無痕灸は分類法が一定しない[13](文献により異なる)。以下では刺激様式、熱の移動様式、熱刺激の特性による分類を述べる[17]。
刺激様式による分類
無痕灸は刺激様式により、温度刺激を用いる灸頭鍼などと化学刺激も用いる薬物灸(紅灸、漆灸など)がある[17]。
熱の移動様式による分類
無痕灸は熱の移動様式により、伝導熱を用いる隔物灸など、輻射熱を用いる棒灸や箱灸など、伝導熱と輻射熱の双方を用いる温筒灸や台座灸などに分けられる[17]。
熱刺激の特性による分類
このほか熱刺激の特性により、ニンニク灸、生姜灸、味噌灸など水分の多い湿熱に分類されるものと、塩灸など水分含有量の低い乾熱に分類されるものがある[17]。
その他の分類
無痕灸を隔物灸(味噌灸、生姜灸、塩灸、枇杷の葉灸等)、温灸(知熱灸、棒灸(押灸)、器械灸(温灸器)等)、その他(水灸、漆灸、紅灸、墨灸、油灸、薬灸)に分類する場合もある[16]。
鍼灸の作用
鍼灸には次のような作用があるとされる。
灸の種類別では、透熱灸は神経に作用して、反射的に遠隔部の血管を拡張する作用がある[22]。また、温灸は伝導熱や輻射熱によって直接的に局部の血管を拡張させる作用がある[22]。
鍼と灸の関係は、病態ごとに、実に対しては鍼、虚に対しては灸とされる[23][24]。虚実は東洋医学における鑑別点で、闘病反応の虚弱あるいは体の諸機能から病態を弁別する概念である[25][注釈 1]。
実に対しては余分なものを排除する瀉(瀉法)、虚に対しては体力や気力を補う補(補法)をとることが原則とされ[27]、鍼が瀉法で灸が補法とされている[23][24]。適応も急性疾患には鍼、慢性疾患には灸が良いとされている[23][24]。
ただし、実際の臨床では整然として使い分けができるわけではなく、鍼においても灸においても、施術によって瀉法にしたり補法にしたりすることができる[24]。
禁忌等
隠喩
家畜への使用
注釈
参考文献
- 石野 尚吾『鍼灸の基礎』日本臨床漢方医会、2021年4月。
- 東京女子医科大学 東洋医学研究所『医学生のための東洋医学入門』東京女子医科大学、2021年4月。
- 箕輪 政博; 形井 秀一「急性背部痛に対し下肢への刺鍼と患部への実按灸療法を施術した一症例」『日本東洋医学雑誌』第60巻、第2号、一般社団法人 日本東洋医学会、2009年。
- 上野 正博; 宮越 俊明; 篠原 諒介「競技中におけるパフォーマンスに対する鍼灸療法について」『星槎道都大学紀要』、星槎道都大学、2022年。
- 東郷 俊宏「お灸の歴史 科学史の視点から」『全日本鍼灸学会雑誌』第53巻、第4号、公益社団法人 全日本鍼灸学会、2003年。
- 『鍼灸安全対策ガイドライン 2020年版』公益社団法人 全日本鍼灸学会 学術研究部 安全性委員会、2020年。