燗酒
加熱した酒
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日本酒と燗
酒を温めて飲む習慣は日本以外にも例があるが、日本酒のように季節を問わずに飲み方の一つとして広く親しまれているのは珍しいとされる[2]。
「燗」は酒を適温にまで温めること[3][注釈 1]。室町時代には「間」と表記され、寒と温の間の程よい状態にする意味で用いられたとされる[3]。明治時代になり火偏の付いた「燗」が現れたという[3]。
日本酒は加温すると苦みや酸味、塩味は変わらないが、甘みは強く感じるようになるとされる[2]。また、アルコール度数も高いほうが旨く感じられるようになるとされる[2]。
お湯割りと区別されるが、熱い湯で割ったぬるい燗はホット割燗と呼ばれることがある[5]。
また、事前(飲む前日以前に。直前ではない。)に加水(お湯は使用しない。)しておくことを前割りと呼ぶ[6]。前割りすることで焼酎と水が馴染むため、前割りした焼酎を燗すれば、お湯割りよりもまろやかさが増す[7]。焼酎を水で割って1日から2日置いてからゆっくりと温めて人肌のぬる燗にして飲むことを燗付けと呼ぶ[6]。
ひれ酒や骨酒では魚の旨味を引き出すため熱い燗酒が注がれる。燗をつける際、基本的にスパイスや砂糖などが加えられることはない。原酒のようにアルコール度数の高い日本酒では加水してから燗をつけることもある。
歴史
酒を温めて飲むようになったのは平安時代以降とされる[8]。『延喜式』内膳司では燗に用いた土熬鍋があった[8]。また、10世紀後半に成立した『宇津保物語』には酒を温めて接待した記録が残っている[8]。
『貞順故実聞書条々』によれば、酒の燗は9月9日から3月2日までであるという。『温古目録』でも「煖酒、重陽宴(9月9日)よりあたためて用いるよし、一條兼良公の御説に見えたり」とする[8]。
季節に関わりなく燗をするようになったのは江戸時代の文化文政期とされる[8]。ルイス・フロイスの『日欧文化比較』には、日本人はほとんど一年中酒を温めて飲むという記録がある。この習慣は江戸時代にも続き、江戸の人々も一年中燗酒を飲んでいた[9]。
手法
- 燗鍋
- 燗鍋に相当するものは延喜式が成立した平安時代中期には存在していた[1]。江戸時代の天保年間に著された山崎美成の随筆 『三養雑記』には「延喜式内膳司の土熬鍋は、今のかん鍋にて、上古よりその器もあれど、煖酒は重陽の宴より、あたためて用ゆるよし、一條兼良公の御説のよし、温古日録に見えたり」とある[1]。同様の内容は 『天野政徳随筆』にも記されている[1]。
- 延喜式が成立する平安時代の中期には後世の燗鍋に相当するものがあったとされるが、土熬鍋が実際にどのように使われていたかは分かっていない[1]。
- 近世には燗鍋は井原西鶴の浮世草子によく登場し、その挿絵には鍋に弦の付いた燗鍋が描かれている[1]。『和漢三才図会』は燗鍋を銚子に代えて酒を酌むことを卑賎の風習としているが、町人社会では便宜的に燗鍋が酒を注いだり運ぶための器として用いられていた[1]。
- 銚子(ちょうし)は注ぎ口のある鍋に長い柄を取り付けた道具で、さしなべ、打ち銚子、ながえの銚子などとも呼ばれた[1]。猪口に酒を注ぐための銚子は、一升瓶等で搬送された日本酒を1合から2合入れておく酒器で、燗をする時にも用いられた[10]。なお、江戸時代末期には燗徳利が出現し、明治時代にはこれも銚子と呼ばれるようになった[1]。
- 銚釐(ちろり)は金属製の筒状の容器であり、把手、蓋、注ぎ口が付いているもので、酒の燗のための用具であったが盃に注ぐのにも用いられた[1]。
- 燗徳利などによる湯燗
- 江戸時代には徳利(とっくり)は酒だけでなく、酢や醤油の容器でもあった[1]。燗鍋などを直火や熱灰に置いて酒を温めるのに対して、燗徳利などを用いて湯で間接的に温める方法を湯燗と称する[1]。
- 嘉永年間に喜田川守貞が著わした『守貞漫稿』では、京阪では必ず銚子を用いており燗徳利は稀であるが、江戸では略式では燗徳利を用いることがほとんどであるとしており、燗徳利が普及し始めた頃と考えられている[1]。
- 土瓶による直燗
- 土瓶を燗に用いることもある[11]。「きびしょ」や「きびちょ」ともいうが、煎茶などの急須を指すこともある[11]。
- 焼酎を燗するための酒器に薩摩焼の「黒ぢょか」がある。「黒ぢょか」で燗をする場合は前割りした方が好ましい[7]。

温度
日本酒の燗では細かな温度表現があり、一般的には以下のように分類される(独立行政法人酒類総合研究所「酒類販売管理研修通信 平成16年12月 第4号」)[2]。飲用温度はあくまでも目安である。
| 名称 | 飲用温度 | 備考 | |
|---|---|---|---|
| 燗酒 | 飛び切り燗(とびきりかん) | 55 °C以上 | 温度が高いほど香りが強くなり辛口になる[13]。徳利の燗の場合は徳利自体が熱い状態となる[13]。 |
| 熱燗(あつかん) | 50 °C前後 | 適燗(てきかん)ともいう[2]。徳利の燗の場合は徳利から湯気が出る程度[13]。 | |
| 上燗 | 45 °C前後 | 酒を注いだ時に湯気が出る程度[13]。 | |
| ぬる燗 | 40 °C前後 | 体温より高く感じる程度[13]。 | |
| 人肌燗 | 35 °C前後 | 体温と同じ程度[13]。 | |
| 日向燗(ひなたかん) | 30 °C前後 | 体温よりやや低い程度[13]。 | |
| 冷や | 常温 | 冷酒の意味ではなく冷蔵庫が無かった時代に温めていない酒を称して「冷や」と呼んだ名残[14]。 | |
| 冷酒(参考) | 涼冷え(すずびえ) | 15 °C前後 | 冷蔵から出して少し放置した状態のもの[13]。 |
| 花冷え | 10 °C前後 | 数時間冷蔵した状態のもの[13]。 | |
| 雪冷え | 5 °C前後 | 氷水で冷やした状態のもの[13]。 | |
| みぞれ酒 | 0 °C前後 | 過冷却状態になっており、グラス等に注ぐと凍る(シャーベット状のものは凍結酒と称される)[15]。 |
涼冷え、花冷え、雪冷えは沢の鶴が提唱した表現である[16]。
これら以外の名称として、飛び切り燗を更に越えた温度に対して煮酒と呼ぶなど様々な表現が存在する。泉鏡花は潔癖性で酒を煮立つまで温めていたことから、これを当時の文壇では「泉燗」と呼んでいた。
適性
独立行政法人酒類総合研究所「酒類販売管理研修通信 平成16年12月 第4号」によると、大吟醸や生酒など香りやフレッシュさを味わう種類では燗には向いていないとしている[2]。また、吟醸はぬる燗でも美味しいものの、一般的には加温によって酒の特徴が弱まるとする[2]。その上で燗酒には味のしっかりした純米酒や本醸造酒のほうが向いているとする[2]。
新潟県長岡地域振興局「美酒日和」では、吟醸酒、純米酒、本醸造酒、普通酒、樽酒、生貯蔵酒について、温度別の目安を記している[14]。それによると、吟醸酒は冷やして(約10℃)や常温(約20℃)を最適とする一方、上燗(約45℃)や熱燗(約50℃)は適さないとしている[14]。また、樽酒についても、冷やして(約10℃)を最適とする一方、上燗(約45℃)や熱燗(約50℃)は適さないとしている[14]。生貯蔵酒については、冷やして(約10℃)を最適とする一方、ぬる燗(約40℃)や上燗(約45℃)、熱燗(約50℃)は適さないとしている[14]。
缶入り燗酒
日本盛はホット専用の缶入り燗酒を2017年に発売した。酵母や仕込み方法を工夫し、コンビニエンスストアなどで連続加温した状態で陳列・販売できるようにした[17]。
富久娘酒造がかつて販売していた「燗番娘」(商品上の表記は「𤏐番娘」)[18]や白龍のふぐひれ酒のように、特殊な加熱容器により火を用いずに燗を行えるようになっているものも存在した。[19]生石灰(酸化カルシウム)と水を混合した時に起こる発熱反応を利用している。[20]
カクテルの材料
カクテルの材料に燗した日本酒が用いられる例として、オレンジ・サキニーや卵酒がある。しかし、オレンジ・サキニーや卵酒は、燗酒ではなく、カクテルとして扱われる。
中国酒と燗
その他の酒と燗
ワインと燗
シェイクスピアの作品には「十二夜」など幾度も「バーン・サック」(ホット・シェリー酒)が登場する。ヨーロッパでは赤ワインにスパイス(シナモンやクローブなど)や砂糖などを加えて燗をつけたグリューワインがある。しかし、日本酒、中国酒、焼酎の場合は、基本的に何も加えずに燗を行うのだが、対してグリューワインの場合はスパイスなどを加えるため、カクテルとしての扱いとなる。
ビールと燗
燗をして飲むことを目的として醸造されるビールも存在する。冬季限定で、ベルギーではクリスマスマーケットなどで提供されている[21]。リーフマンス グリュークリークは煮沸時にスパイスを投入して製造されている[21][注釈 2]。
