環州
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寧夏の環州
広西の環州
甘粛の環州
本節では、五代十国時代から明初にかけて、現在の甘粛省慶陽市一帯に設置された環州について述べる。
939年(天福4年)、後晋により立てられた威州を前身とする。952年(広順2年)、後周により威州は環州と改称された。957年(顕徳4年)、環州は通遠軍に降格した[5]。
994年(淳化5年)、北宋により通遠軍は環州の称にもどされた。環州は永興軍路に属し、通遠県と興平城・安辺城・清平関・羅溝堡・阿原堡・朱台堡・安辺寨・大抜寨・方渠寨・流井堡・帰徳堡・木瓜堡・麝香堡・通帰堡・恵丁堡を管轄した[6]。
金のとき、環州は慶原路に属し、通遠県と木瓜・帰徳・興平の3堡と定辺・平遠・永和・洪徳・烏倫・安辺の6寨と合道・馬嶺・木波の3鎮を管轄した[7]。