田幡

名古屋市北区・西区の地名 From Wikipedia, the free encyclopedia

田幡(たばた)は、愛知県名古屋市北区西区の町名。現在行政地名は、北区田幡1丁目から田幡2丁目と田幡町および西区田幡町。田幡町には4つの小字が設置されている[WEB 6]

郵便番号[WEB 2][WEB 3][WEB 4]
462-0843(北区田幡)
462-0000(北区田幡町)
451-0026(西区田幡町)
概要 田幡・田幡町, 国 ...
田幡・田幡町
田幡・田幡町の位置(愛知県内)
田幡・田幡町
田幡・田幡町
田幡の位置
田幡・田幡町の位置(名古屋市内)
田幡・田幡町
田幡・田幡町
田幡・田幡町 (名古屋市)
北緯35度11分44.39秒 東経136度54分32.71秒
日本の旗 日本
都道府県 愛知県の旗 愛知県
市町村 名古屋市
北区
西区(田幡町のみ)
人口
2019年(平成31年)1月1日現在)[WEB 1]
  合計 1,714人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号[WEB 2][WEB 3][WEB 4]
462-0843(北区田幡)
462-0000(北区田幡町)
451-0026(西区田幡町)
市外局番 052 (名古屋MA)[WEB 5]
ナンバープレート 名古屋
テンプレートを表示
閉じる

地理

西区と北区に跨って存在する田幡町と、町名整理により編成された北区田幡1丁目から2丁目がある。現在、田幡町と田幡1丁目から2丁目は地理的に離れて存在している。

北区田幡1丁目から2丁目は区の南西部に位置する。東端は国道41号(道路上に名古屋高速道路1号楠線)を境に黒川本通1丁目、北端は名古屋市道名古屋環状線を境に東側が志賀南通1丁目で西側が城見通3丁目、西端は金城3丁目から4丁目、南端は堀川(北区田幡町)を挟んで西側が柳原3丁目と東側が清水4丁目と接している。

西区田幡町は字西ハサバが残り、東は北区駒止町、北から西にかけて城北町、南は秩父通に接する。北区田幡町は堀川(黒川)と道路の一部にのみ存在する。

字一覧

田幡町の小字は以下の通り[WEB 6][1]。 以下の表において、

  • 消滅した字については背景色    で示す。
  • 現存する字のうち西区に所在するものには■を、北区に所在するものには★を付した。
  • 括弧内には読みを示す。
さらに見る 字 ...
市場屋敷(いちばやしき)乾出(いぬいで)[注釈 1]
猪ノ木(いのき)馬出シ(うまだし)
円蔵(えんぞう)御膳田(おぜんだ)
北原(きたはら)北蓮花寺(きたれんげじ)
志賀前(しがまえ)志賀前角田(しがまえすみだ)
四反田(したんだ)釈迦堂(しゃかどう)
塩藪(しおやぶ)★天神田(てんじんだ)
寺裏(てらうら)中屋敷(なかやしき)
西東光寺(にしとうこうじ)★西ハサバ(にしはさば)■
西屋敷(にしやしき)二反田(にたんだ)
ハサバ(はさば)八反田(はったんだ)
畑中(はたなか)浜江場(はまえば)[注釈 2]
半ノ木(はんのき)東東光寺(ひがしとうこうじ)★
深ノ川(ふけのかわ)防田(ぼうた)[注釈 3]
堀田(ほりた)前並上之町(まえなみかみのちょう)[注釈 4]
前並下之町(まえなみしものちょう)[注釈 5]前並中之町(まえなみなかのちょう)[注釈 6]
南蓮花寺(みなみれんげじ)森下(もりした)
横枕(よこまくら)割田(わりだ)
閉じる

河川

  • 堀川(黒川)

歴史

町名の由来

江戸期春日井郡田幡村を前身とする。中世まで山田郡に属した。田幡という地名について、『尾張国地名考』には棚機から転じたという説と田之端(たのはた)から転じたという説の二説が紹介されている[2]平安期成立の『延喜式神名帳』に「山田郡...多奈波太神社」と記載があり、これを多奈波太神社に比定する説がある。「田幡」という地名の確実な初見は南北朝期で、『釈論開解抄』巻12の応安5年(1372年)付奥書に「於尾州山田庄田幡郷」とある。

田幡町の小字名「西ハサバ」については珍地名として知られており、由来として複数の説が指摘されている。一つは「川と川の間が狭いという『はざま』がなまった」と言う説、一つは「機織りの『機場(はたば)』がなまった」とする説、一つは「新潟・富山・福井・岐阜などで」「稲架」の意として使われるという[3]「稲架(はさ)」のある場所としての「稲架場(はさば)」であるとする説の三説である[新聞 1]。 地元の地名研究家である水谷盛光によれば、かつて付近には機織り工場が多く所在し「機場(はたば)」と称していたのを、名古屋市交通局がバス停を設置する際に「ハサバ」としたために生まれた地名であり、現在は繊維業の衰退によりその痕跡がなくなってしまったという[4][WEB 7]。また、名古屋史料研究所の山田寂雀は、「一帯には三郷用水などがあり、水路が入り組んでいた」ことから「狭間」が転じた説を支持し、「稲架場」説に理解を示しつつも疑問を呈している[新聞 1]

行政区画の変遷

  • 1880年(明治13年) - 西春日井郡成立により、同郡所属となる。
  • 1889年(明治22年) - 西春日井郡金城村の大字田幡となる。
  • 1921年(大正10年)8月22日 - 名古屋市編入に伴い、同市西区田幡町となる[5]
  • 1937年(昭和12年) - 一部が東区田幡町となる。
  • 1944年(昭和19年) - 北区成立に伴い、東区田幡町が北区田幡町となり、同時に西区田幡町から一部が編入される。
  • 1952年(昭和27年)12月20日 - 以下の区域変更が行われた[5]
    • 北区田幡町の一部(字防田・釈迦堂・畑中・堀田・市場屋敷・馬出し・浜江場・志賀前・猪ノ木・森下の各一部)・杉村町の一部(字道下の一部)・志賀町の一部(字勘定寺前の一部)により北区田幡町1~2丁目が編成される。
    • 北区田幡町の一部(字畑中・猪ノ木・森下・堀田・北原・中屋敷・塩藪・市場屋敷・志賀前・志賀前角田の各一部)が金城町1~2丁目に編入。
    • 北区田幡町の一部(字北蓮花寺・南蓮花寺・円蔵・北原・志賀前角田の各一部)が駒止町1~2丁目に編入。
    • 北区田幡町の一部(字南蓮花寺・八反田・横枕・円蔵・ハサバ・志賀前・猪ノ木・北原・志賀前角田・釈迦堂・深ノ川・馬出し・浜江場の各一部)が城見通1~3丁目に編入。
    • 北区田幡町の一部(字深ノ川・志賀前の各一部)が敷島町に編入。
    • 北区田幡町の一部(字前並下ノ町・前並中ノ町・前並上ノ町・塩藪の各一部)が七夕町1~2丁目に編入。
    • 北区田幡町の一部(字二反田・乾イ出・御膳田・天神田・前並下ノ町・前並中ノ町・半ノ木・西屋敷・堀田・前並上ノ町・中屋敷・塩藪の各一部)が中富町1~2丁目に編入。
    • 北区田幡町の一部(字御膳田・八反田・ハサバ・天神田・南蓮花寺・二反田・乾イ出・西屋敷・森下・堀田・寺裏・北原の各一部)が若園町1~2丁目に編入。
  • 1952年(昭和27年)から1982年(昭和57年) - この期間に北区田幡町の一部より七夕町[6]・中富町[7]・若園町[8]・敷島町[9]・黒川本通・柳原・清水・田幡が編成され、北区田幡町の面積を減らしていった。
  • 1953年(昭和28年)12月15日 - 北区田幡町の一部(字釈迦堂の一部)が黒川本通1~5丁目に編入[5]
  • 1954年(昭和29年) - 西区田幡町の一部が西区上名古屋町秩父通城北町内江町となる。
  • 1954年(昭和29年)5月1日 - 北区田幡町の一部(字円蔵・北蓮花寺・志賀前角田の各一部)が駒止町1~2丁目に編入。また、北区田幡町の一部(字志賀前の一部)が敷島町に編入[5]
  • 1958年(昭和33年)2月1日 - 北区田幡町の一部(字割田の一部)が七夕町1丁目に編入。また、北区田幡町の一部(字四反田・天神田・御膳田の各一部)が中富町1丁目に編入[5]
  • 1980年(昭和55年) - 北区田幡町・金城町・城見通・志賀南通・黒川本通・杉村町の各一部より北区田幡1丁目が成立する。
  • 1982年(昭和57年) - 北区田幡の区域が再び変更され、2丁目が編成された。また、この年までに北区田幡町が黒川の部分を残し消滅した。

出来事

  • 1856年安政3年) - 同村在住の富永莘陽の手により田幡村の地誌である『田幡誌』が成立[WEB 8]

世帯数と人口

2019年(平成31年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[WEB 1]

さらに見る 区, 丁目 ...
丁目世帯数人口
北区 田幡一丁目 256世帯 516人
田幡二丁目 708世帯 1,180人
北区 計 964世帯 1,696人
西区 田幡町 8世帯 18人
972世帯 1,714人
閉じる

学区

市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 9]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 10]

さらに見る 区, 町丁・丁目 ...
町丁・丁目番・番地等小学校中学校高等学校
北区田幡1丁目全域名古屋市立金城小学校名古屋市立志賀中学校尾張学区
田幡2丁目全域
西区田幡町全域名古屋市立上名古屋小学校名古屋市立浄心中学校
閉じる

交通

鉄道

バス

  • 名古屋市営バス名古屋市交通局
    • 黒川停留所 - 7番のりば(幹栄1系統 - 西部医療センター行 名駅15系統 - 名古屋駅行) 10番のりば(幹栄1系統 - 如意住宅・水分橋行 黒川12系統 - 中切町行) 降車専用停留所[WEB 11]
    • 城見町停留所 - 北巡回(左回り黒川行)停[WEB 12]
    • 田幡一丁目停留所 - 北巡回(左回り黒川行)停[WEB 13]

施設

About OpenStreetMaps
Maps: terms of use
300 m
9
8
黒川出入口
7
6
天理教忠愛分教会
5
北警察署
4
3
名古屋市上下水道局北営業所
2
百五銀行黒川支店
1
三菱UFJ銀行黒川支店
略地図
1
三菱UFJ銀行黒川支店
2
百五銀行黒川支店
3
名古屋市上下水道局北営業所
4
林泉寺
5
北警察署
6
天理教忠愛分教会
7
宗教法人寶聖闇中央道場
8
黒川出入口
9
名古屋カレーうどん「本店 鯱乃家」

田幡一丁目

田幡二丁目

1964年(昭和39年)12月7日、東海銀行黒川支店として開設[10]
曹洞宗に属し、熱田円通寺の末寺に当たる[11]。熱田田中町の永泉寺であったが、1727年享保12年)2月、当地田幡村在の原田佐仲により尾張藩士榊原氏の別荘であった現在地に移された[11]。また1752年宝暦2年)に至り、林泉寺の寺号に改められている[11]

旧跡

その他

日本郵便

  • 集配担当する郵便局は以下の通りである[WEB 14]
さらに見る 区, 町丁 ...
町丁郵便番号郵便局
北区田幡462-0843[WEB 3]名古屋北郵便局
田幡町462-0000[WEB 2]
西区田幡町451-0026[WEB 4]名古屋西郵便局
閉じる

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI