真性 平安時代後期から鎌倉時代前期にかけての天台宗の僧。以仁王の次男。天台座主、大僧正、四天王寺別当。 From Wikipedia, the free encyclopedia 真性(しんしょう、仁安2年(1167年)- 寛喜2年6月14日(1230年7月25日))は、平安時代後期から鎌倉時代前期にかけての天台宗の僧。後白河天皇の第三皇子以仁王の第二皇子。 略歴 寿永2年(1183年)に出家し、比叡山の明雲や慈円、承仁に天台教学を学んだ。後鳥羽天皇・土御門天皇・順徳天皇と3代に渡り天皇の護持僧をつとめた。建仁3年(1203年)、天台座主に就任し、翌元久元年(1204年)には大僧正に任じられている。その他四天王寺別当をつとめている。 建久8年(1197年)、承仁が没すると、師から城興寺を譲られた。同寺はかつて実父の以仁王が平氏政権によって没収され、明雲に与えられた経緯があった。その後、慈円から青蓮院を譲られる約束を受けるが、慈円と不仲になって青蓮院を去っている[1]。 寛喜2年(1230年)、彼は城興寺で咳病によって没した[2][3]。 脚注 [脚注の使い方] [1]稲葉伸道 著「青蓮院門跡の成立と展開」、河音能平; 福田榮次郎 編『延暦寺と中世社会』法蔵館、2004年。/所収:稲葉伸道『日本中世の王朝・幕府と寺社』吉川弘文館、2019年、280-281頁。 [2]『明月記』寛喜2年7月9日条および『華頂要略』 [3]栗山圭子 2012. 参考文献 栗山圭子「城興寺のゆくえ」『中世王家の成立と院政』吉川弘文館、2012年。ISBN 978-4-642-02910-0。この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。表示編集この項目は、宗教家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 宗教/ウィキプロジェクト 宗教)。表示編集 Related Articles