矢上城

From Wikipedia, the free encyclopedia

矢上城(やがみじょう)、または中田加賀守館(なかたかがのかみやかた)は、神奈川県横浜市港北区日吉4丁目にあったとされる戦国時代日本の城

別名 中田加賀守館
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 中田氏?
概要 logo矢上城 (神奈川県), 別名 ...
logo
logo
矢上城
神奈川県
別名 中田加賀守館
城郭構造 山城
天守構造 なし
築城主 中田氏?
築城年 不明(16世紀?)
主な城主 中田加賀守
廃城年 1590年(天正18年)頃?
遺構 不明(石碑あり)
指定文化財 未指定
位置 北緯35度33分06.5秒 東経139度39分13.3秒
矢上城の位置(神奈川県内)
矢上城
矢上城
テンプレートを表示
閉じる

概要

東急東横線日吉駅のある高台(日吉台)が、「蝮谷[1]」と呼ばれる谷に切られて細く突き出た場所が曲輪跡と伝わり、現在は慶應義塾高校の野球場となっている。城主は中田氏と伝えられ、一族の「中田加賀守」は小机衆として後北条氏に仕え、矢上付近に3万石相当の土地のほか井田城を領有したが[2]、1590年(天正18年)の小田原城落城時に憤死し、麓の保福寺に葬られたという[3]

野球場やテニスコートなどの慶應義塾大学の施設が建設されているため、城遺構の残り具合は不明だが、1954年(昭和29年)に中田氏の子孫が建てた「保福寺開基・中田加賀守累代墳墓之地供養塔」が残る[3]

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI