矢作川の戦い From Wikipedia, the free encyclopedia 矢作川の戦い(やはぎがわのたたかい)は、建武2年11月25日(1336年1月8日)から27日にわたり、後醍醐天皇の命をうけた新田義貞とその弟・脇屋義助ら京方の軍勢6万余騎と、北条時行を討伐したのち、鎌倉を占拠していた足利尊氏旗下の足利直義・高師泰ら軍勢20万7000千騎の間で戦われた合戦。 三河国矢作川(愛知県岡崎市)で京方1万9000騎と、足利勢3万6000騎が川を挟んで布陣し、これに敗れた足利勢は遠江国に退却[1]、鷺坂・手越河原の戦いと、京方の勝利が続いた。 関連項目 手越河原の戦い 箱根・竹ノ下の戦い 日本史の出来事一覧 日本の合戦一覧 注釈 [脚注の使い方] [1]「矢作川の戦い」日本辞典 出典 『太平記』、『新潮日本古典集成(二)』 著者 山下宏明 発行 新潮社この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles