矢切
千葉県松戸市の地名で上矢切、中矢切、下矢切の3地区の総称
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地名
地理

松戸市南西端に位置する。北は小山、南は栗山・市川市国府台、東は三矢小台・市川市北国分、西は江戸川を挟んで東京都江戸川区北小岩・葛飾区柴又・金町浄水場・金町・東金町に接する。
矢切斜面林を境に東側は下総台地西端部となり、住宅地が広がる。西側は江戸川沿いの低地となり、国道6号を境に北側は住宅地、南側は農地が広がる。また、南北に坂川が流れている。東端部を走る県道市川松戸線は交通量も多く、沿道は商店街を形成している。
周辺には国立国府台病院、国際医療福祉大学市川病院(旧:化研病院)、式場病院等の大病院が存在している。
土地利用
矢切地区の西側、江戸川沿岸地区はもともと江戸川の氾濫地区であり、松戸市内に散在する農地とおなじく市街化調整区域に該当することに由来する農地が広がり、許可された農家の宅地が散在する景観が保持されている。もっとも、矢切地区を始めとした松戸市の調整区域農地や都市内農地は、埼玉県の見沼三原則等とはことなり自治体議会による継続的な緑化政策の結果というわけではないため政策に一貫性を欠くところがあり、市議会や都市計画審議会等でも今後の議論が分かれている状況にある。土地利用状況についても、許可地の転貸ののち産業廃棄物置き場にされている場所があったり、後継者不在による耕作放棄地が増えていることなど多くの問題を抱えており、市政上の課題となっている。
矢切地区の下総台地にかかる斜面部から東の台地上はすべて宅地化されている。矢切地区を東西に分ける斜面地は南北2km、幅30m、高低差20mの雑木林があり、この1.9haについては平成23年に特別緑地保全地区に指定されており土地利用が現状凍結的に規制されている[11]。
地価
西部の市街化調整区域については倍率地域であるため路線価の設定はない。東部の住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、下矢切字南台183番4の地点で17万8000円/m2となっている[12]。
郵便番号
郵便番号は以下の通りである[13]。
略史
施設
矢切の渡し




矢切の地名は、江戸川の渡し舟として有名な矢切の渡しの由来でもある。江戸川を挟んで矢切と東京都葛飾区柴又を結んでおり、現在も渡し舟が運航されている。片道の料金は大人300円、子供・自転車各100円(2025年11月時点)[16]。「房総の魅力500選」に選定されている[17]ほか、柴又帝釈天界隈とともに環境省の「日本の音風景100選」に選定されている[18]。
この渡しは江戸時代初期に江戸幕府が地元民のために設けた利根川水系河川15ヶ所の渡し場のうちの一つであり、観光用途に設けられたものではない。かつては官営だったが、その後は民営となり、明治初期から杉浦家が船頭を務めて運営している[19]。
この渡しが日本全国に有名になったのは、明治時代の伊藤左千夫の小説『野菊の墓』(1906年)によるところが大きい。現在、矢切にはこの小説の文学碑が建立されている[20]。また、歌謡曲「矢切の渡し」の大ヒットや、矢切の対岸の柴又を舞台とする映画『男はつらいよ』でも脚光を浴びた。『男はつらいよ』シリーズでは、1969年公開の第一作で渥美清演じる主人公車寅次郎が帰郷のため乗船する場面以降しばしば登場する。
現在は観光用途の意味合いが強いが、元々渡し舟という交通手段であるため特に観光地化されているわけではない[注釈 1]。
矢切側の渡し場は鉄道駅から遠いため、多くの乗客は柴又側から乗船し、往復利用している。年末年始には柴又帝釈天参詣のため松戸側の乗り場が混雑する[19]。2012年4月28日より京成バスが矢切側の渡し場付近に「矢切の渡し」停留所を新設、土休日に限り一日8往復のバス(松31系統)が矢切の渡し - 松戸駅間で運行を開始した。
2013年から「矢切観光案内所」が、上記「矢切の渡し」停留所に隣接する形で矢切風致保存会の手により開設され、矢切地区の歴史展示のほか、矢切地区産の野菜や観光物産品が販売されるようになった。またかつて使用されていた木造船が矢切駅に展示されている。
- 運航時間:10:00 - 16:00
- 運航日:3月中旬から11月末日まで毎日、それ以外の期間は、土日祝日、庚申の日のみ運航のみ運航(荒天の場合は運休)。
- 料金:片道 中学生以上300円、子供100円
- 位置情報:北緯35度45分34.1秒 東経139度53分1.5秒
歌謡曲
矢切の渡しは、昭和末期に作詞:石本美由起、作曲:船村徹の歌謡曲『矢切の渡し』の大ヒットによって脚光を浴びた。
1976年10月にちあきなおみのシングル・レコード『酒場川』のB面曲として収録された。のち、1982年10月21日に『矢切の渡し』をA面にしたちあき盤が発売された(B面は『別れの一本杉』)。1983年に細川たかし、瀬川瑛子、春日八郎 & 藤野とし恵、島倉千代子 & 船村徹など、7種のシングルによる競作で発売された。なお、細川盤の発売にあたって細川の所属する日本コロムビアはちあき盤(1976年当時、日本コロムビアに所属。1983年当時はビクターに移籍していた)を生産中止にしている。
シングルレコードとして最も売れたのは細川盤であったが、当時のUSENのチャートではちあき盤が首位を独走していた。その他、美空ひばりもLPで同曲をカバーした。2007年には中森明菜もカバーした(アルバム『艶華 -Enka-』に収録)。
行事
矢切ねぎ
アクセス
矢切地区への交通
- 鉄道
- 最寄り駅は北総線矢切駅。野菊の墓文学碑は徒歩10分以内。
- 道路
- 国道6号(水戸街道)、国道298号、千葉県道1号市川松戸線(松戸街道)
- 矢切地区の北側に東京外環自動車道松戸インターチェンジが設置されている。