や座
トレミーの48星座の1つ
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や座(やざ、ラテン語: Sagitta)は、現代の88星座の1つで、プトレマイオスの48星座の1つ[1]。全天88星座で3番目に小さな星座[5]で、矢をモチーフとしている[1][2]。古代ギリシア・ローマの伝承では、アポローンがキュクロプスを撃ち殺した矢、あるいはヘーラクレースがプロメーテウスの肝臓をついばむワシを撃ち殺した矢であるとされる[7][8]。
| Sagitta | |
|---|---|
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| |
| 属格形 | Sagittae |
| 略符 | Sge |
| 発音 | 英語発音: [səˈdʒɪtə] Sagítta, 属格:/səˈdʒɪtiː/ |
| 象徴 | 矢[1][2] |
| 概略位置:赤経 | 18h 57m 21.3919s - 20h 20m 44.8677s[3] |
| 概略位置:赤緯 | +21.6436558° - +16.0790844°[3] |
| 20時正中 | 9月中旬[4][5] |
| 広さ | 79.923平方度[5] (86位) |
| バイエル符号/ フラムスティード番号 を持つ恒星数 | 19 |
| 3.0等より明るい恒星数 | 0 |
| 最輝星 | γ Sge(3.47等) |
| メシエ天体数 | 1 |
| 確定流星群 | なし[6] |
| 隣接する星座 |
こぎつね座 ヘルクレス座 わし座 いるか座 |
特徴

北をこぎつね座、西をヘルクレス座、南をわし座、東をいるか座の4星座に囲まれ、天の川が濃い領域に位置する[9][10]。領域の面積は79.923平方度と、みなみじゅうじ座、こうま座に次いで全天88星座で3番目に小さな星座である[1][5]。小さいだけでなく、最も明るく見える γ星でも3.47 等と暗いため目立つ星座ではないが、比較的明るく見える4つの星が矢の形に見える[11]ことや、夏の大三角の中に位置することから、街中でも見つけやすい星座である。20時正中は9月中旬頃[4]で、北半球では夏から秋にかけての星座とされる[11][12]が、ほぼ年中いずれかの時間帯で夜空に観ることができる[9]。天の赤道から少し北の赤緯+21°.6 を北端としているため、人類が居住しているほぼ全ての地域から星座の全体を観ることができる[9]。
由来と歴史

紀元前3世紀前半のマケドニアの詩人アラートスは、詩篇『パイノメナ (古希: Φαινόμενα)』の中で、この星座に「矢」を意味する Ὀϊστός という呼称を用いた[1]。帝政ローマ期の2世紀頃のクラウディオス・プトレマイオスの天文書『マテーマティケー・シュンタクシス (古希: Μαθηματικὴ σύνταξις)』、いわゆる『アルマゲスト』でも、このὈϊστός という呼称が使われている[1]。これに対して、紀元前3世紀後半の天文学者エラトステネースは、天文書『カタステリスモイ (古希: Καταστερισμοί)』の中で「弓」を意味する Τόξον という呼称を用いた[1][13]。大きく時代を下った16世紀ドイツの法律家ヨハン・バイエルは、1603年に刊行した星図『ウラノメトリア』の中でラテン語で「矢」を意味する SAGITTA という星座名のほか、ダーツや槍を意味する Telum などの呼称も紹介している[14]。この Telum という星座名は18世紀頃まで多く使われていた[1]。

や座に属する星の数は、エラトステネースの『カタステリスモイ』や1世紀初頭の古代ローマの著作家ガイウス・ユリウス・ヒュギーヌスの『天文学について (羅: De Astronomica)』では4個、プトレマイオスの『アルマゲスト』では5個とされた[7]。バイエルの『ウラノメトリア』では、や座の星に対して α から θ までのギリシャ文字8個を用いて8個の星に符号が付された[14][15]。
1922年5月にローマで開催されたIAUの設立総会で現行の88星座が定められた際にそのうちの1つとして選定され、星座名は Sagitta、略称は Sge と正式に定められた[16][17]。
中国

ドイツ人宣教師イグナーツ・ケーグラー(戴進賢)らが編纂し、清朝乾隆帝治世の1752年に完成・奏進された星表『欽定儀象考成』では、や座の α・β・δ・ζ・γ・VZ・11・14 の7星が、二十八宿の北方玄武七宿の第二宿「牛宿」にある「左の軍旗」を表す星官「左旗」に配されていたとされる[18][19]。
神話
アラートスの『パイノメナ』では「矢が1本あるのみで弓もない」とだけ述べられており、それ以上のことは伝えていない[20]。エラトステネースは天文書『カタステリスモイ』の中で、紀元前5世紀の劇作家エウリーピデースの伝える話として「息子アスクレーピオスをキュクロープスの作った雷撃でゼウスに撃ち殺されたことを恨んだアポローンが、キュクロープスを撃ち殺した矢である」とする話を紹介した[1][7][8]。アポローンは極北の地ヒュペルボレイオスにある神殿にこの矢を隠し、アポローンの罪がゼウスに許されると矢はすぐに彼の手に戻ったとされる[7][8]。そして、アポローンは自分の戦いを記念するために矢を星座として星々の間に置いたと伝えられる[7][8]。
ヒュギーヌスはエラトステネースの伝える話とともに、「コーカサスの山に繋がれて鷲に肝臓をついばまれているプロメーテウスを見たヘーラクレースが、鷲を殺した矢である」とする話も伝えている[1][7][8]。このや座の項でヒュギーヌスは、プロメーテウスがコーカサス山に繋がれた経緯や束縛からの解放などプロメーテウスが関わる種々の伝承について矢の由来そのものよりも紙幅を割いて書き記している[7][8]。
1世紀頃の古代ローマの軍人ゲルマニクスは、アラートスの『パイノメナ』をラテン語訳した際に「ユーピテル[注 1]に美少年ガニュメーデースへの情愛を引き起こし、ガニュメーデースを捕らえてユーピテルの下に連れてきた鳥[注 2]によって守られる矢を表す」という話を付け加えている[1][22]。ユーピテルに情愛を起こさせた矢はエロースの矢を想起させるが、ゲルマニクスは誰の矢であったかについて特に記していない[22]。
呼称と方言
学名
世界で共通して使用されるラテン語の学名は Sagitta、属格は Sagittae、略称は Sge と定められている[16][17]。Sagitta に対応する日本語の学術用語としての星座名は「や」と正式に定められている[23]。平仮名1文字の星座名は、「ほ」・「ろ」・「や」の3つのみである[23]。現代の中国では、天箭座[24][25]と呼ばれている。
日本語名の変遷
明治初期の1874年(明治7年)に文部省より出版された関藤成緒の天文書『星学捷径』では「サヂッタ」という読みと「箭」という解説が紹介された[26]。また、1879年(明治12年)にノーマン・ロッキャーの著書『Elements of Astronomy』を訳して刊行された『洛氏天文学』では、上巻で「サギタ」というラテン語と「アロウ」という英訳が[27]、下巻で「天矢宿(サギタ)」という星座名がそれぞれ紹介された[28]。それから30年ほど時代を下った明治後期にはすでに「矢」と呼ばれていたことが、1908年(明治41年)4月に創刊された日本天文学会の会報『天文月報』の第1巻3号に掲載された「六月の天」と題した記事で確認できる[29]。この訳名は、東京天文台の編集により1925年(大正14年)に初版が刊行された『理科年表』にも「矢(や)」として引き継がれ[30]、1944年(昭和19年)に天文学用語が見直しされた際も「矢」が継続して使用されることとされた[31]。戦後も継続して「矢」が使われ[32]、1952年(昭和27年)7月に日本天文学会が「星座名はひらがなまたはカタカナで表記する」[33]とした際に Sagitta の日本語名はやと定まり[34]、以降も継続して や が用いられている[23]。
主な天体
恒星
α・β・γ・δ の4星が形作る細長いY字形が「矢」を想起させる[11]。α と β が矢羽、γ と δ が矢柄の部分を形作る。
2025年12月現在、国際天文学連合の恒星の命名に関するワーキンググループ(IAU WGSN) によって3個の恒星に固有名が認証されている[35]。
- α星
- 太陽系から約427 光年の距離にある、見かけの明るさ 4.38 等、スペクトル型 G1III の黄色巨星で、4等星[36]。アラビア語で「矢」を意味する言葉に由来する[37]「シャム[9](Sham[35])」という固有名が認証されている。これは、アラビア語での星座名 al-sahm が、ヨーロッパに伝わったのちに α星の名前とされたものである[37]。
- HD 231701
- 太陽系から約354 光年の距離にある、見かけの明るさ 8.97 等、スペクトル型 F8V 型の9等星[38]。国際天文学連合の100周年記念行事「IAU100 NameExoWorlds」でイラク共和国に命名権が与えられ、主星は Uruk、太陽系外惑星は Babylonia と命名された[39]。
- HAT-P-34
- 太陽系から約826 光年の距離にある、見かけの明るさ 10.40 等、スペクトル型 F8 型の10等星[40]。IAUの100周年記念行事「IAU100 NameExoWorlds」でマルタ共和国に命名権が与えられ、主星は Sansuna、太陽系外惑星は Ġgantija と命名された[39]。
このほか、以下の恒星が知られている。
- β星
- 太陽系から約442 光年の距離にある、見かけの明るさ 4.38 等、スペクトル型 G8IIIaCN0.5 の黄色巨星で、4等星[41]。
- γ星
- 太陽系から約288 光年の距離にある、見かけの明るさ 3.47 等、スペクトル型 M0-III の赤色巨星で、3等星[42]。や座で最も明るく見える。
- δ星
- 太陽系から約547 光年の距離にある、見かけの明るさ 3.81 等、スペクトル型 M2II+B0V の分光連星で、4等星[43]。
- R星
- 太陽系から約5,980 光年の距離にある、スペクトル型 G8Ib のpost-AGB星[44]。post-AGB星は、激しく質量放出しながら漸近巨星分枝星(AGB星)から白色矮星へと進化しつつある恒星で、太陽のような中小質量星の進化の最終段階である[45]。変光星としては「おうし座RV型変光星 (RV Tau)」に分類され、70.77 日の周期で8.0 等から10.4 等の範囲でその明るさを変える[46]。
- V星
- 太陽系から約7,780 光年の距離にある[47]、白色矮星と主系列星からなる近接連星系。1902年にモスクワ天文台の女性天文学者 Lidiya Tseraskaya が発見した[48]。伴星の主系列星から主星の白色矮星に対して盛んな質量移動が起きており、主星の周囲には伴星由来の物質によって生じた降着円盤が存在する[49]。白色矮星と主系列星が双方の共通重心を約0.514 日の周期で公転しており、地球からは約0.514 日の周期で明るさを変える食変光星として観測される[50]。1990年代後半には天の川銀河内に数例しか発見例がなかった超軟X線源天体(英: Super soft X-ray source, SSS) であることがわかって以降、観測的研究が進展した[49]。食による変光以外に、約11 等で約180日間続く高光度状態と約12 等で約120日間続く低光度状態を交互に繰り返しており、低光度状態にあるときのみ軟X線が観測されることがわかった[49]。この超軟X線は、主星表面に降着した水素が安定して核融合していることから生じたものと考えられており、このような天体は CBSS (Close-binary supersoft source) と呼ばれている[50][51]。このまま伴星からの質量移動が進むと、今後100万年以内に主星の質量がチャンドラセカール限界を超えてIa型超新星爆発が生じるものと予測されている[52]。
- FG星
- 太陽系から約1万1600 光年の距離にあるpost-AGB星[53]。「Final Flash (FF)」あるいは「Secular variables」と呼ばれる、櫻井天体 (V4334 Sgr) とわし座V605星の3天体のみの非常に珍しい変光星のグループに分類されている[54]。惑星状星雲 Hen 1-5 の中心星で、1894年の写真乾板に13.6 等[注 3]で写っていた星が、1965年にはB等級で9.6 等になるまで約70年かけて徐々に増光していた[55][56]。1955年には B4I であったスペクトルは1967年には A5Ia まで変化[55][56]。その後もスペクトルは徐々に低温側へと変化し、1980年代には K0I まで変化してオレンジ色に見えるようになった[56]。この100年近い期間の光度の変化は、AGB期を終えて白色矮星への進化の途上にあったpost-AGB星の内部のヘリウム殻で「遅れた熱パルス[57]英: late thermal pulse[58])」と呼ばれる暴走的な核融合反応が生じたことによるものと考えられている[58][59]。1992年には、突然5等級も減光した後に光度が回復、しかしまた暗くなるという変光が生じ、これが21世紀に入っても続いている[58][59]。この間欠的に起こる深い減光は、恒星が放出した物質に含まれる炭素が冷やされて凝縮してできた「すす」が恒星の光を遮る「かんむり座R型変光星」の減光と同じ機構で生じているものと考えられている[58][59]。
- PSR J1959+2048
- 太陽系から約7,340 光年(2,250 パーセク)の距離にある[60]、近接連星ミリ秒パルサー[61][62]。中性子星と褐色矮星による近接連星で、1988年に食連星のミリ秒パルサーとして史上初めて発見された[63][62]。変光星としては「や座QX星 (QX Sge[61])」と呼ばれ、約9.2時間(0.038日)の周期で変光する[63]。主星の中性子星からの強烈なパルサー風によって伴星の外殻が吹き飛ばされており、その様子をメスが交尾し終わった後のオスを捕まえて食べる習性のあるクロゴケグモに喩えた「ブラックウィドウ (Black Widow[61])」という通称で知られている[64][65][60]。2023年の研究では、主星の質量は1.81±0.07 M☉(太陽質量)[60]、伴星の質量は24.0±1.0 MJ(木星質量)[66]と推定されている。
星団・星雲・銀河
18世紀フランスの天文学者シャルル・メシエが編纂した『メシエカタログ』に挙げられた球状星団が1つ位置している[67]。
- M71
- 太陽系から約1万3000 光年の距離にある球状星団[68][69]。1746年から1747年にかけての観測でスイスの天文学者ジャン=フィリップ・ロワ・ド・シェゾーが発見した[70]。密集度の小さいまばらな球状星団であるため、ハーロー・シャプリーやロバート・トランプラーといった20世紀前半の星団の研究者たちからは密集度の高い散開星団として分類されていた[70]。M71の星々は、一般の球状星団と同様に約90億 - 100億歳と年老いた星が多い[71]。
- Abell 63
- 太陽系から約8900 光年の距離にある惑星状星雲[72][注 4]。1955年にアメリカの天文学者ジョージ・エイベルが発見を報告した[73]。口径50 センチメートルの望遠鏡に OIIIフィルタを用いても見えづらい、非常に淡い惑星状星雲である[74]。
- 中心星の や座UU星はO型準矮星と赤色矮星の近接連星系で、太陽系からは食連星として観測されている[75]。変光星としては「系に惑星状星雲を含む、分離型と目されるアルゴル型変光星」であることを示す EA/D: PN として分類されており[75][76]、特に惑星状星雲を含むタイプの食変光星 PN のプロトタイプとされている[77]。約0.465 日(11.16166 時間)の周期で、14.18 等から15.59 等の範囲でその明るさを変える[75][76]。
- IRAS 19417+1701
- ネックレス星雲の通称で知られる[74]、太陽系から約1万5000 光年の距離にある惑星状星雲[78]。2005年にカナリア諸島ラ・パルマ島にあるアイザック・ニュートン望遠鏡を用いた北銀河平面領域の惑星状星雲サーベイで得られたデータから発見された[79]。中心星は連星系で、約2万5000 年前に恒星進化で先行して主系列を終えた主星が伴星を飲み込むほどに膨張し、共通外層を形成した[80]。飲み込まれた伴星が主星の内部で公転し続けることで主星の自転速度が上昇され、ついには共通外層のガスが遠心力によって主星の赤道に沿って流出して連星系の周囲にリングが形成された[80]。ネックレスの宝石のようにリング状に並んで見える明るい塊は高密度のガスの塊で、高温の中心星から発せられる強烈な紫外線を吸収して光っている[78]。