石敬暉

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石 敬暉[1](せき けいき、生年不詳 - 940年)は、五代十国時代軍人後晋の高祖石敬瑭の従兄にあたる。は徳昭[2][3]

経歴

剛直で大器を備え、事に臨んで知恵が多かったため、石敬瑭の一族の中ではひとり厚遇された。清泰3年(936年)、張敬達晋陽県を包囲すると、敬暉は石敬瑭により突騎都将に任じられた。部下を率いて敵の不意を突いて出撃し、深入りして奮戦した。負傷して流血し、矢尻が骨を貫いても、その語気はますます盛んであった。天福2年(937年)、濠州刺史を遥領し、皇城都部署をつとめた。天福4年(939年)、検校司徒を加えられた。曹州防禦使に任じられ、検校太保を加えられた。任にあっては部下を可愛がり、利殖を営まず、舞楽を好まなかった。天福5年(940年)、在官のまま病没し、晋陽県に葬られた。天福8年(943年)、太師の位を追贈され、韓王に追封された[2][3]

家族

  • 父:石万友(追封秦王)[4][5]
  • 子:石曦(嗣韓王)[2]

脚注

伝記資料

参考文献

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