礒部王 From Wikipedia, the free encyclopedia 礒部王(いそべおう、生没年不詳)は、奈良時代の皇族。左大臣・長屋王の孫で、桑田王の子。官位は従五位上・内匠頭。 経歴 聖武朝の神亀6年(729年)長屋王の変が発生し、祖父の左大臣・長屋王や父の桑田王が横死した際、礒部王は乳幼児であったと想定される[1]。 称徳朝の天平神護3年(767年)无位の諸王らに対して叙位が行われた際、礒部王は従五位下に叙爵する。神護景雲3年(769年)大監物に再任された。 光仁朝の宝亀5年(774年)多治比長野の後任として参河守を兼ね、宝亀7年(776年)従五位上に昇叙される。宝亀9年(778年)参河守を帯びたまま内匠頭に任ぜられた。 官歴 『続日本紀』による。 天平神護3年(767年) 正月18日:従五位下(直叙) 神護景雲3年(769年) 6月1日:大監物(再任) 宝亀5年(774年) 9月25:兼参河守 宝亀7年(776年) 正月7日:従五位上 宝亀9年(778年) 8月20日:内匠頭、参河守如故 系譜 注記のないものは『本朝皇胤紹運録』による。 父:桑田王 母:不詳 妻:巨勢部女王(大坂王[2]または大炊王(淳仁天皇?)の娘・安倍内親王[3]) 男子:石見王 脚注 [脚注の使い方] [1]赤坂[2019: 50] [2]前田本『日本帝皇系図』附載「高家系図」 [3]『系図纂要』 参考文献 宇治谷孟『続日本紀 (中)』講談社〈講談社学術文庫〉、1992年 宇治谷孟『続日本紀 (下)』講談社〈講談社学術文庫〉、1995年 日本史史料研究会監修、赤坂恒明著『「王」と呼ばれた皇族』吉川弘文館、2020年 Related Articles