祖別命
日本の古墳時代の皇族。伊賀国造・小槻氏の祖
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名称
系譜
(名称は『日本書紀』を第一とし、括弧内に『古事記』ほかを記載)
第11代垂仁天皇と、山背大国不遅(山代大国之淵)娘の苅幡戸辺(かりはたとべ、苅羽田刀弁)との間に生まれた皇子である。同母弟には五十日足彦命(いかたらしひこ、五十日帯日子王)、胆武別命(いたけるわけ、伊登志別王<いとしわけ>)がいる。
『先代旧事本紀』「天皇本紀」では命を産んだ垂仁天皇の妃を丹波道主王娘の真砥野媛(まとのひめ)とし、同母兄に磐撞別命(磐衝別命:記紀では異母兄弟)があると異伝を記す[原 3]。また「国造本紀」では、三世孫として武伊賀都別命(たけいがつわけのみこと)の名を伝える[原 5]。
妻・子について史書に記載はない。