第三紀
古第三紀・新第三紀の旧称
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第三紀(だいさんき、Tertiary period)は、かつて使われた地質時代区分。三紀層とも。絶対年代は、6430万年前から180.6万年前まで[1]。現行区分では、おおむね古第三紀と新第三紀に当たる。
| 累代 | 代 | 紀 | 世 | 期 | 基底年代 Mya[* 3] |
|---|---|---|---|---|---|
| 顕生代 | 新生代 | 第四紀 | 完新世 | メガラヤン | 0.0042 |
| ノースグリッピアン | 0.0082 | ||||
| グリーンランディアン | 0.0117 | ||||
| 更新世 | 後期更新世 | 0.129 | |||
| チバニアン | 0.774 | ||||
| カラブリアン | 1.8 | ||||
| ジェラシアン | 2.58 | ||||
| 新第三紀 | 鮮新世 | ピアセンジアン | 3.6 | ||
| ザンクリアン | 5.333 | ||||
| 中新世 | メッシニアン | 7.246 | |||
| トートニアン | 11.63 | ||||
| サーラバリアン | 13.82 | ||||
| ランギアン | 15.97 | ||||
| バーディガリアン | 20.44 | ||||
| アキタニアン | 23.03 | ||||
| 古第三紀 | 漸新世 | チャッティアン | 27.82 | ||
| ルペリアン | 33.9 | ||||
| 始新世 | プリアボニアン | 37.8 | |||
| バートニアン | 41.2 | ||||
| ルテシアン | 47.8 | ||||
| ヤプレシアン | 56 | ||||
| 暁新世 | サネティアン | 59.2 | |||
| セランディアン | 61.6 | ||||
| ダニアン | 66 | ||||
| 中生代 | 251.902 | ||||
| 古生代 | 541 | ||||
| 原生代 | 2500 | ||||
| 太古代[* 4] | 4000 | ||||
| 冥王代 | 4600 | ||||
運用の歴史
1759年、ヴェネツィア(現在のイタリア)の地質学者ジョヴァンニ・アルドゥイノが提唱した3紀(のちに第四紀が加わって4紀)のうち1つである[2][3]。現生生物に近い[3]、または現生生物に近いが、形が少し違う生物の化石が出る時代とされた[4]。
地質学研究の初期、キリスト教的歴史観ではこれらの時代が聖書に対応するとされており、第三紀の岩石はノアの大洪水と関連していると考えられていた。
アルドゥイノの定義した「第三紀」は、第一・第二紀と違い、イタリアの海成層を標準にたてられ、そこに含まれる貝化石が研究されており[5]、実態とおおよそ一致していた。そのため、長らく白亜紀の次に来る新生代の最初の時代(紀)として、第三紀(英語: Tertiary)は採用されてきた。
ただ、第三紀は前半と後半で、生物相が大きく異なる事が19世紀から指摘され、1853年、オーストリアの古生物学者モーリッツ・へルネスが「Neogene」[6][7]、1866年、ドイツの地質学者C.F.ナウマンが「Paleogene」を提唱した[7][8]。以後、19世紀後半から20世紀前半まで、古第三紀(Paleogene)と新第三紀(Neogene)を第三紀(Tertiary)の亜紀とする分類法が使われてきた[7][9][10][11]。
20世紀後半に入り、1959年にソ連、1968年にイギリス、1989年にアメリカ合衆国など、主要国で「第三紀」は非公式用語となった[12]。1989年には国際地質科学連合(IUGS)が新生代をPaleogene(古第三紀)、 Neogene(新第三紀)、 Quaternary(第四紀)の3つの紀からなるものとし、Tertiary の語を正式な用語から外し、非公式用語となった[13][14]。
新生代の区分については、その後も第四紀の廃止提案や、新第三紀と第四紀の境界変更など議論が続いたが、2009年に現在の定義(2008年改定)がIUGSに批准された[15]。
2009年のIUGS勧告を受け、日本学術会議地球惑星科学委員会 IUGS 分科会、同 INQUA(国際第四紀学連合) 分科会、日本地質学会、日本第四紀学会は、第三紀を非公式用語とした[16]。しかし、日本語では「Paleogene」が「古第三紀」、「Neogene」が「新第三紀」と訳され、2009年の新定義批准後も当面のこととして「第三紀」を含む訳が踏襲されている[15]。この決定について、鈴木寿志は訳の不適切さを指摘している[17]。また、石渡明は第三紀の亜紀を前提とした名称の使用への違和感、保柳康一は論文執筆での混乱の懸念から、早期の新訳語移行の必要性を提起している[16]。