紹定
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紹定(しょうてい)は、中国・南宋の理宗の治世に使用された元号。1228年 - 1233年。
- 宝慶3年
- 紹定元年
- 紹定2年
- 4月23日:郡県官の欠位に芸術人・豪民・元役人が補任されることを禁ずる詔勅が出る。
- 紹定3年
- 紹定4年
- 正月15日:李全を誅す。
- 6月4日:真徳秀・魏了翁の元官を復す。
- 7月:沔州の官員がモンゴルの使者を殺害する。
- 8月6日:モンゴル軍が大散関を越えて鳳州を破り、興元府に至って劫掠する。
- 9月3日:臨安にて大火が発生。太廟と多数の官庁が焼失される。
- 10月:モンゴル軍が金の攻略のため漢中を経由した後、河南へ進攻する。
- 紹定5年
- 紹定6年
- 7月:孟珙が鄧州の馬蹬山に駐屯した金軍を迎撃して大破する。
- 8月:南宋とモンゴルが金を挟撃することに約する。
- 9月:金がモンゴルに対抗する同盟を求めたが、南宋はこれを拒否する。
- 10月:孟珙の率いる宋軍が河南へ北上。モンゴル軍と合流した後、金の蔡州を包囲する。
- 10月24日:宰相の史弥遠が死去。
- 11月6日:翌年より「端平」へ踰年改元の詔が下る。