スッタニパータ
パーリ語経典の小部に収録された経
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概略
「スッタ」(Sutta)はパーリ語で「経」の意[注 1]、「ニパータ」(Nipāta)は「集まり」の意、あわせて『経集』の意となり、『南伝大蔵経』のようなパーリ語経典日本語訳の漢訳題名でも、この名が採用されている[1]。
文字通り古い経を集めたものである。第4章と第5章に対する註釈として、サーリプッタ(舎利弗)の作と伝承される同じく小部に収録されている『義釈』がある[2]。1世紀から3世紀に書かれたとされるガンダーラ語仏教写本にもスッタニパータ収録の「犀の角経」(Khaggavisana Sutta)が含まれていることが確認されている[3]。
スッタニパータの一部に対応する漢訳経典としては三国時代の支謙が漢訳した『義足経』(大正蔵198)がある[4]。ただし漢訳されたのは第4章『八つの詩句の章』のみである。『義足経』という名称について、本来は『義品経』という名称であったが、伝世するうちに誤字で『義足経』になったとする説がある[5]。
成立
スッタニパータを含め『パーリ仏典』はパーリ語で著されているが、釈迦の母語とされるマガダ語とパーリ語は、全く同じではないが言語的にそれほど相違しておらず、文法上の差異も少なかったとされ、かなり近似的な関係にあったとされる[6]。スッタニパータにはパーリ語の文法に対応しないインド東部の方言と推測されるマガダ語のものと見られる文法・語彙が含まれていることから、近現代の仏教学界では、数ある仏典の中でもスッタニパータを最古層経典に位置づけている。しかし既述の『義足経』を除いて、スッタニパータは東アジアの大乗仏教圏諸国には伝播しなかった。現代日本では日本語訳として『南伝大蔵経』の中におさめられている。
『スッタニパータ』の注釈書として、文献学的に『スッタニパータ』と同時代に成立したと考えられている『ニッデーサ』(義釈)が伝えられている。『スッタニパータ』の第4章と第5章のそれぞれに大義釈と小義釈が存在することから、この部分がもっとも古く、元は独立した経典だったと考えられている。小義釈にはスッタニパータ第1章の「犀の角経」(Khaggavisana Sutta)に対する注釈も含まれる。
第4,5章最古層説
スッタニパータの一部は韻文の形態をとっているが、それは元々口承歌謡(暗唱)によって伝えられてきたものが文字化されたためとされる。そうした理由から他の原始仏教経典では、その内容が釈迦在世中と同じ(釈迦の直説)であったとしても、文字資料としては口承から文字化された時代(成立年代)の文法・言語学的特徴を示すが、スッタニパータではもともと歌謡だったという性質上、古い時代の言語がそのまま歌い継がれたため、古い時代の文法・言語学的特徴をよく残している、と説明される[7]。
20世紀前半にリス・デイヴィッズ[8]や、Bimala Churn Law[9] は、スッタニパータの中でも4,5章は特に古いと考えた。中村元も同様に考えている。以下の理由による。
- 小部内の注釈書義釈(ニッデーサ)はほぼ4,5章のみの注釈である。1-3章はその後にまとめられた可能性がある。
- パーリ仏典中で、「アッタカヴァッガ(八つの詩句)」「パーラーヤナ(彼岸に至る道)」というスッタニパータの章名の言及はあるが、「スッタニパータ」という経名の言及はない。パーリ仏典中で「スッタニパータ」という経名の言及は『ミリンダ王の問い』が唯一である。しかしその漢訳である『那先比丘経』には対応する経名の言及がない。つまり『ミリンダ王の問い』の中で言及される「スッタニパータ」という経名は、何者かが後世に追記した可能性が高い[10]。
前田惠學は4,5章について、
の点からも4,5章はスッタニパータの中でも最古層であると主張した[11]。この説はその後、1-3章と4,5章に使われる述語の違いなどからも確認され、現在定説となっている[10]。なお4章と5章のどちらが古いかについては定説はない。
構成
『スッタニパータ』は、以下の全5章から成る。
- 第1章 - 蛇の章(Uraga-vagga)
- 第2章 - 小なる章(Cūḷa-vagga)
- 第3章 - 大なる章(Mahā-vagga)
- 第4章 - 八つの詩句の章(Aṭṭhaka-vagga)
- 第5章 - 彼岸に至る道の章(Pārāyana-vagga)
内容
『ダンマパダ』は初学者が学ぶ入門用テキストであるのに対し、『スッタニパータ』はかなり高度な内容を含んでいるため、必ずしも一般向けではない。
有名な「犀の角のようにただ独り歩め」というフレーズは、ニーチェにも影響を与えた[12]。南方の上座部仏教圏では、この経典のなかに含まれる「慈経」、「宝経」、「勝利の経」などが、日常的に読誦されるお経として、一般にも親しまれている。
現代の事情にそぐわない内容も含まれているが悩み相談に応用可能な内容も多い[13][14]として、2021年に京都大学こころの未来研究センターの熊谷誠慈准教授(仏教学)はスッタニパータをAIに学習させた「ブッダボット」を発表した[14][15][13]。
ビンギヤが尋ねた。
「私は年をとったし、力もなく、容貌も衰えています。眼もはっきりしませんし、耳もよく聞こえません。私が迷ったまま死ぬことのないようにして下さい。どうしたらこの世において生と老衰とを捨て去ることができるのですか。その理(ことわり)を説いてください。それを私は知りたいのです。」
師(釈迦)は答えた 「ビンギヤよ。物質的な形態があるが故に人々は害され、物質的な形態があるが故に人々は病などに悩まされる。ビンギヤよ。それ故に、あなたは怠ることなく、物質的形態を捨てて、再び生存状態に戻らないようにせよ。」
「四方と上と下と、これらの十方の世界において、あなたに見られず、聞かれず、考えられず、また認識できないものもありません。どうか理法を説いてください。それを私は知りたいのです。─どうしたらこの世において(輪廻転生せず)生と老いとを捨て去ることができるかを。」
師は答えた 「ビンギヤよ。人々は妄執に陥って苦悩を生じ老いに襲われているのをあなたは見ているのだから、それ故にビンギヤよ、あなたは怠ることなく励み妄執を捨てて再び迷いの生存状態に戻らないようにせよ。」
—『スッタニパータ』彼岸に至る道の章、Piṅgiyamāṇavapucchā
(釈迦の発言)
生まれによって賤しい人となるのではない。生まれによってバラモンとなるのではない。行為によって賤しい人ともなり、行為によってバラモンともなる。
チャンダーラ族の子で犬殺し(屠殺を生業とした階級)のマータンガという人は、世に知られた令名の高い人であった。マータンガはまことに得がたい最上の名誉を得た。多くの王族やバラモンたちは彼のところに来て奉仕した。彼は(死後)神々の道、塵汚れを離れた大道を登って、情欲を離れて、ブラフマー(梵天)の世界(天界)に赴いた。
ヴェーダ読誦者の家に生まれ、ヴェーダの文句に親しむバラモンたちも、しばしば悪い行為を行っているのが見られる。そうすれば現世においては非難せられ、来世においては悪いところに生まれる。—『スッタニパータ』蛇の章、Vasala Sutta(抄)
内容を巡る議論
スッタニパータの経典の中で、釈迦は現世の欲や執着を絶って輪廻から解脱し、二度と生まれ変わることなく涅槃に至るのが至高だと説いている(上座部仏教の教義では、釈迦は「輪廻からの解脱、すなわち死後に天界を含めて二度と生まれ変わらないこと」を目指していたと説明される)。経典の中の釈迦は古代インドの宗教観に基づき輪廻転生や天界の存在、天界の神々(バラモン教の神々)の存在を認めている。天界の神々は釈迦を敬い、釈迦と会話をする場面も多々あるが、大乗仏教で見られる浄土という概念が釈迦によって説かれることはなく、釈迦以外のブッダ(大日如来・阿弥陀如来・薬師如来など)は一切登場しない。
『スッタニパータ』の中で釈迦の説く教説は古代インドの価値観やバラモン教の色彩が強いもので大乗仏教の教義とは著しくかけ離れており、それゆえ大乗仏教の教義(浄土の教義や、大日如来・阿弥陀如来・薬師如来などの他の仏の教義)は後世の創作であるとする大乗非仏説の論拠にされることが多い。大乗仏教の僧や熱心な信徒は、「スッタニパータは釈迦の直説ではない」と主張する者も少なくない。
日本仏教学院の長南瑞生は自身の運営する「仏教ウェブ入門講座」のサイトで、以下を論拠として、大乗非仏説と「スッタニパータは釈迦の直説に最も近い経典である」という説に対して反論している[16][17][18]。
- 編纂時期の問題
現在私たちが目にするパーリ仏典の形は、5世紀の僧ブッダゴーサによって編集・体系化されたものであり、釈迦が亡くなってから約1000年後のことである。
- 他の経典との比較
漢訳の『中阿含経』や『増一阿含経』の方が、パーリ経典よりも成立が古いものがあり、パーリ仏典だけを特別視できない。
- 編纂の恣意性
ブッダゴーサはスリランカでシンハラ語の伝承をパーリ語に翻訳・再構成した。その際、分別説部という自分の属する学派の立場から、内容の編纂を行っている。
- 言語的な隔たり
釈迦はマガダ国の東方方言(マガダ語)を話していたとされている。一方、パーリ語はインド西部系統の言語である。つまり、パーリ仏典はすでに「翻訳された外国語の経典」であり、漢訳経典と本質的に同じ立場にある。
『スッタニパータ』と同様の事案としてキリスト教の『Q資料』がある。『Q資料』は『マタイによる福音書』と『ルカによる福音書』の執筆の際に両福音書に共通の源泉となったと考えられる、仮説上のイエスの言葉資料である。存在が事実だったとしても散逸している訳であるが高等批評研究で概ねの類推が可能である、とされる。『Q資料』を研究しているバートン・L・マックは『Q資料』として復元されるイエスの説法とキュニコス派哲学の近似性に着目し、著書『失われた福音書-Q資料と新しいイエス像』でイエスは元来ユダヤ教の影響下にあったキュニコス派の哲学者であり、イエスに関する奇跡や復活については実際の歴史とは別に創作されたフィクションであるという説を提示したが、熱心なキリスト教信徒らはその見解に反発し物議を醸した(キュニコス派#キリスト教との関連)。
ジャイナ教側に伝わる史料との比較
仏教と同時期に成立したジャイナ教側に残る史料のうち、言語学的に見て最古層に属する経典のうちの一つとして『イシバーシヤーイム』(聖仙語録)がある。その内容はジャイナ教の比丘に限らず、古代インドの聖者の語録を集めたものである。その中でサーリプッタの教説も掲載されているが、仏教側の最古層経典とされる『スッタニパータ』で説かれる内容との類似性が見られることから、中村元は「ジャイナ教徒の伝えるサーリプッタの説と原始仏教聖典のうちの最古層の説とがかなり一致し、あるいは符合するということは、両者の所伝が相当の程度に歴史的事実を伝えていることを証するものであろう」と説明している[20]。しかし重大な問題が一つあり、『イシバーシヤーイム』には釈迦に関することが一切書かれておらず、サーリプッタがブッダとして紹介されていることである。これについて何らかの誤記でなければ「仏教の開祖はサーリプッタ」だとジャイナ教側は認識していたことになるが、その理由について中村元は、釈迦の教えを具体的に体系化したのがサーリプッタであったか、現在釈迦の教えとして伝わっている教説の一部または大部分が実はサーリプッタの教説であったという可能性も払しょくできないとしている[21]。
日本への伝来
刊行書誌
日本語訳
| スッタニパータ Sutta Nipata | ||
|---|---|---|
| 訳者 | 中村元ほか | |
| 発行日 | 1984-05-16 | |
| 発行元 | 岩波書店など | |
| ジャンル | 聖典 | |
| 言語 | パーリ語 | |
| 形態 | 文庫本など | |
| コード |
ISBN 4-00-333011-0 ISBN 4-00-007007-X | |
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- 正田大観『ブッダその真実のおしえ スッタニパータ第四章 和訳と注解』シーアンドシー出版、2000年2月。ISBN 4-434-00065-9。
- 正田大観『ブッダのまなざし スッタニパータ第四章・第五章 和訳と注解』 上、アムリタ書房、2001年9月。ISBN 4-434-01296-7。スッタニパータの第四章「八つの偈」の和訳と注解。
- 正田大観『ブッダのまなざし スッタニパータ第四章・第五章 和訳と注解』 下、アムリタ書房、2001年9月。ISBN 4-434-01296-7。スッタニパータの第五章「彼岸への道」の和訳と注解。
- 中村元『ブッダのことば スッタニパータ』岩波書店、1984年。ISBN 978-4003330111。
- 『ブッダのことば スッタニパータ』中村元 訳、ワイド版岩波文庫、1991年1月。ISBN 4-00-007007-X。
- 『ブッダの教え スッタニパータ』宮坂宥勝 [22]訳著、法蔵館、2002年10月。ISBN 4-8318-7235-0。
- 元版「スッタニパータ」『世界の大思想 第2期 第2(仏典)』河出書房新社、1969年。オンデマンド版2005年
- 「スッタニパータ(釈尊のことば)」『原始仏典七 ブッダの詩Ⅰ』梶山雄一ほか 編集委員、講談社、1986年7月。ISBN 4-06-180677-7。他は「ダンマパダ(真理のことば)」を収録
- 新編『スッタニパータ 釈尊のことば 全現代語訳』荒牧典俊・本庄良文・榎本文雄 訳、講談社学術文庫、2015年4月。ISBN 4-0629-2289-4。
- 『スッタニパータ ブッダの言葉』今枝由郎 訳、光文社〈古典新訳文庫〉、2022年3月。ISBN 4-334-75459-7。
関連文献
- アルボムッレ・スマナサーラ『慈経 ブッダの「慈しみ」は愛を越える』日本テーラワーダ仏教協会 編・出版〈「パーリ仏典を読む」シリーズ 1〉、2003年11月。ISBN 4-902092-01-8。
- 石川佾男『釈尊の問いかけ スッタ・ニパータ随想』第三文明社〈レグルス文庫 50〉、1975年。
- 小池龍之介『超訳 ブッダの言葉』ディスカヴァー・トゥエンティワン、2011年2月。ISBN 978-4-88759-958-1。
- 辻本鉄夫『経集概説(スッタニパータがいせつ)』顕真学苑出版部、1931年。
- 中村元『原始仏典』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、2011年3月。ISBN 978-4-480-09367-7。講話の新版
- 毎田周一『澄む月のひかりに スッタ・ニパータ』中山書房、1964年。
- 毎田周一「スッタ・ニパータ研究(未定稿)」『毎田周一全集 第1巻』同 刊行会、1969年。
- 由木義文『釈尊の生き方に学ぶ スッタニパータ法談』大法輪閣、1984年9月。ISBN 4-8046-1073-1。
- 渡辺照宏『法句経(真理の言葉) スッタニパータ』筑摩書房〈著作集 第5巻 仏教聖典 Ⅰ〉、1982年4月。
- 羽矢辰夫『ゴータマ・ブッダのメッセージ 「スッタニパータ」私抄』大蔵出版、2011年
- 今枝由郎『新編 スッタニパータ 日常語訳 ブッダの〈智恵の言葉〉』トランスビュー、2014年。ISBN 4798701459
英訳
- Buddha's Teachings - Being The Sutta Nipata Or Discourse Collection. Lord Chalmers (Paperback ed.). Chalmers Press. (March 15, 2007). ISBN 978-1-4067-5627-2
- Friedrich Max Müller, ed (November 29, 2000) [1881]. The Sacred Books of the East: Volume 10. Part 2. The Sutta-nipâta. Viggo Fausböll. Adamant Media Corporation. ISBN 1-4021-8582-0 - facsimile reprint of a 1881 edition by the Clarendon Press, Oxford.
- Sutta Nipata: Or Dialogues And Discourses Of Gotama Buddha. Mutu Coomara Swamy (Paperback ed.). Kessinger Publishing, LLC. (April 10, 2007). ISBN 1-4325-4552-3
- The Group of Discourses (Sutta-Nipata). I. K. R. Norman (Paperback (with notes) ed.). Oxford: Pali Text Society. (2001). ISBN 0-86013-303-6
- The Rhinoceros Horn and Other Early Buddhist Poems: The Group of Discourses (Sutta-Nipata, Vol 1). K. R. Norman, I.B. Horner, Walpola Rahula (Paperback (without notes) ed.). Oxford: Pali Text Society. (2001). ISBN 0-86013-154-8
- The Sutta-Nipata: A New Translation from the Pali Canon. H. Saddhatissa. London: RoutledgeCurzon. (January 17, 1995). ISBN 0-7007-0181-8
パーリ語原典
- Dines Andersen, Helmer Smith, ed (1990) [1913]. Suttanipāta. Pali Text Society. ISBN 0-86013-177-7