蔡陽
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事跡
物語中の蔡陽
小説『三国志演義』では将軍として登場する。多くの曹操配下が曹操の下にあった関羽に敬服していた中で、蔡陽だけは関羽に反感を抱く。関羽が恩を返した後に曹操の下を去ろうとすると、蔡陽は軍を率いて関羽を生け捕りたいと曹操に申し出たが、曹操は許さなかった。
その後、関羽が蔡陽の甥秦琪を斬り殺したと知ると、蔡陽は怒って関羽を斬りたいと曹操に再び願い出たが、これも曹操は許さなかった。その後、汝南の劉辟を討つよう命じられて出征したところ、図らずも古城(地名)で関羽と行き会い、軍勢を率いてこれに襲い掛かる。この時、関羽は誤解により張飛に襲い掛かられていて、疑いを解くために敵将(蔡陽)を斬ると言う。張飛は太鼓を三通(一通は330回)鳴らす内に斬るように言ったため、関羽は最初の一通の間に、蔡陽を薙刀の一閃で斬首してしまっている。