衣ケ原

愛知県豊田市の地名 From Wikipedia, the free encyclopedia

衣ケ原(ころもがはら)は、愛知県豊田市の地名。

概要 衣ケ原, 国 ...
衣ケ原
衣ケ原の位置(愛知県内)
衣ケ原
衣ケ原
衣ケ原の位置
北緯35度4分39.89秒 東経137度7分51.9秒
日本の旗 日本
都道府県 愛知県の旗 愛知県
市町村 豊田市
面積
  合計 1.032898861 km2
人口
(2020年(令和2年)10月1日現在)[WEB 2]
  合計 50人
  密度 48人/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
471-0856[WEB 3]
市外局番 0565[WEB 4]
ナンバープレート 豊田[WEB 5]
テンプレートを表示
閉じる

地理

学区

河川

  • 逢妻男川

歴史

町名の由来

人口の変遷

国勢調査による人口および世帯数の推移。

1995年(平成7年)[WEB 6] 86世帯
116人

2000年(平成12年)[WEB 7] 71世帯
99人

2005年(平成17年)[WEB 8] 20世帯
42人

2010年(平成22年)[WEB 9] 26世帯
55人

2015年(平成27年)[WEB 10] 16世帯
41人

2020年(令和2年)[WEB 2] 31世帯
50人

沿革

衣ケ原はもともと赤土台地雑木林であった[1]。1930年に、八事起業家熊崎惣二郎(朗)が衣ケ原の山林11万坪を買収し、1935年に逓信省許可を得て、翌1936年に民間飛行場として衣ケ原飛行場を完成させた。1937年には寄付金により挙母町町有飛行機としてアブロ式2型複葉機・挙母号が購入され、衣ケ原飛行場において利用されるようになる。その後、大日本帝国海軍から払い下げられた三式陸上初歩練習機が2代目挙母号として利用された[2][1]

やがて太平洋戦争が進むと、陸軍航空本部から要請を受けたトヨタ自動車工業が、川崎航空機工業合弁官設民営の東海飛行機(のちの愛知工業アイシン)を設立し、衣ケ原飛行場やその北側隣接地に、エンジン製作のための鋳物工場として東海飛行機挙母工場が1944年に建設された[1][3][1]。しかし、この東海飛行機挙母工場は、同年昭和東南海地震名古屋大空襲で被害を受けた三菱重工業名古屋発動機製作所の工場疎開のため、三菱重工業名古屋発動機製作所第22製作所として転用され、そのまま日本の降伏を迎えた[1][3]

東海飛行機挙母工場の跡地は、官設民営方式で国が東海飛行機のために買収したものだったため、第二次世界大戦後も、国有地のままとなっており、一部が農地として利用されていた。その後、1954年に挙母市が工場誘致奨励条例を制定すると、市の仲介で払い下げや買収により、跡地をトヨタ自動車工業工業用地として取得。トヨタ自動車工業挙母工場の北西約2.5kmに位置し、名鉄三河線土橋駅からの引き込み線や東海飛行機の工作物が残っていたことなどから、トヨタ自動車工業元町工場が建設され、1959年に竣工。それに合わせ周辺には関連企業の工場や、住宅が整備されるようになった[4][5]

交通

施設

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI