覚円
平安時代後期の天台宗の僧。34代天台座主、法勝寺初代別当。藤原頼通の三男
From Wikipedia, the free encyclopedia
生涯
覚円坊

東京都町田市木曽町(現・木曽西4丁目)にある覚円ゆかりの寺院。吉祥山住善寺覚円坊(覺圓坊)と称す。木曽観音とも呼ばれる。もと園城寺621坊中の一寺で、康平6年(1063年)6月に覚円が同寺中の金堂裏に開基した。永治元年(1141年)、延暦寺山徒によって園城寺が炎上した際、法禅院大信房遁れてその本尊聖観世音像を鈴鹿山北麓の飯道に移したが、正平6年/観応2年(1351年)に義然が源義仲の墓地にある義仲庵に移して安置し、のちまもなく、武蔵国多摩郡木曽が義仲の縁地であるとして木曽の伝燈阿闍梨石川氏の聖護院の参内のおりに同地に移され、多摩郡の霞頭となり三井修験の教勢大いに賑わい武相観音霊場の第33番札所となった。かつては箭簳八幡宮の別当寺でもあった。本山派修験二十七先達の一寺である。
関連項目
- 覚猷 - 鳥羽僧正。覚円の弟子。