護国之寺
岐阜県岐阜市にある高野山真言宗の寺院
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護国之寺(ごこくしじ)は、岐阜県岐阜市長良雄総[1]にある高野山真言宗の寺院である。
| 護国之寺 | |
|---|---|
|
楼門(岐阜市指定有形文化財) | |
| 所在地 | 岐阜県岐阜市長良雄総194-1 |
| 位置 | 北緯35度26分46.8秒 東経136度47分43.8秒 |
| 山号 | 雄総山(ゆうそうさん) |
| 宗派 | 高野山真言宗 |
| 本尊 | 十一面千手観世音菩薩 |
| 創建年 | (伝)746年(天平18年) |
| 開基 | (伝)聖武天皇(勅願)・行基(開山) |
| 正式名 |
雄總山護國之寺 雄總山金光明四天王護國之寺 |
| 札所等 |
美濃三十三観音17番 美濃四国88番 美濃七福神(布袋尊) |
| 文化財 |
金銅獅子唐草文(国宝) 護国之寺宝篋印塔、紙本著色鷹図六曲屏風、塑造仏頭及び残欠(県文化財)ほか |
| 法人番号 | 7200005000555 |
概要
沿革
日野金丸の伝説
上記の鉢に関して次のような伝承がある。聖武天皇は東大寺の大仏を造立するため、優れた仏師を探すための使者を日本各地に派遣する。その中で、美濃国に派遣された使者が芥見(現在の岐阜市)の願成寺に滞在した時、夢の中で、「明日の朝、最初に出会った人物が探している人物である」とのお告げを聞く。翌朝、美濃国雄総(現在の岐阜市)で使者が出会ったのは、川で牛を洗っていた日野金丸(ひのかねまろ)という童子であった。使者の前で、金丸はその場で粘土で仏像を作る。その出来の良さから使者は金丸を奈良へ連れて行く。金丸は大仏建立の責任者として活躍する。
大仏落慶法要の最中、突然、紫雲が現れ、空から音楽が流れ出した。そして空中から鉢が現れた。空から「釈尊がこの大仏造立の功績をたたえ、釈尊由来の鉢を授けることとなった」という言葉が聞こえてきた。聖武天皇は功績のあった日野金丸にこの鉢を授けた。金丸はこの鉢を納めるために、故郷に護国之寺を建立したという。日野金丸は死後、十一面千手観世音菩薩像となり、護国之寺の本尊となったとも伝えられている。
金丸については、次のような言い伝えもある。1970年代、この辺り(岐阜市日野)の郷土史について研究していた教師(山田)の話によると、金丸(金王丸)は護国之寺と長良川をはさんだ南(左岸)側にある日野(昭和初期までは右岸側の一部も日野村であった)の童子(故に日野金丸)で、お坊様(使者)が来た時に作った仏像は田んぼの土で作ったということである。大仏建立に貢献し授かった鉢を、初めは地元に建てたお堂に納めていたが、長良川の出水時に流されそうになったことから、対岸の高台に移したという。また、お堂があったとされる地区は、今でもその時の名残から堂後(どううしろ)と呼ばれている。
御朱印
文化財
参考画像
所在地
- 岐阜県岐阜市長良雄総194-1
交通アクセス
- 「おぶさ」バス停が最寄りである。下車後徒歩で約1分。
- JR岐阜駅バスターミナル:12番のりば「おぶさ」行きに乗車。
- 名鉄岐阜のりば:4番のりば「おぶさ」行きに乗車。