谷原
東京都練馬区の町名
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地理
歴史
旧・武蔵国豊島郡石神井村谷原在家(やわらざいけ)、後の谷原村(やわらむら)。
1889年(明治22年)、谷原村は町村制施行により石神井村大字谷原(やわら)となる。1932年(昭和7年)、東京市への編入に伴い当時の板橋区に所属し、同区石神井谷原町(しゃくじいやわらちょう)一丁目および二丁目となり、1949年(昭和24年)1月1日に冠称を外して練馬区谷原町(やわらちょう)一・二丁目となった。
1965年(昭和40年)4月1日に住居表示を施行し、谷原町二丁目の目白通りより北の部分の大半に、北田中町・土支田町・高松町のそれぞれ一部を編入して境界整理を行い、現行の谷原(やはら)一丁目から六丁目までが誕生した。谷原町二丁目の目白通りより南は高野台、谷原町一丁目および谷原町二丁目の目白通りより北の部分の残りは富士見台となった。
地名は旧村名に由来するが、読みは住居表示施行時に変更している。なお、谷原小学校(1957年開校)・谷原中学校(1977年開校)の読みはいずれも「やわら」であり、両校のホームページのURLもyawaraとなっている。
世帯数と人口
学区
交通
西部の三原台との境界付近に関越自動車道 練馬インターチェンジがある。
谷原交差点
谷原交差点(やはらこうさてん)は、東京都練馬区谷原にある東京都道8号千代田練馬田無線(目白通り上り→富士街道下り)、東京都道24号練馬所沢線(目白通り下り、大泉街道)、東京都道441号池袋谷原線(富士街道上り)、東京都道443号南田中町旭町線(笹目通り)の交差点。東京都道24号練馬所沢線、東京都道441号池袋谷原線においてはこの交差点を起点とする。目白通り、富士街道はこの交差点を境に道路名が変わる。
都心方面から関越自動車道練馬インターチェンジ、東京外環自動車道大泉インターチェンジに至るにはこの交差点を通過する必要があり、夜間・早朝を除き渋滞が頻発する。


鉄道
- エイトライナー ーーー 同地区を対象とした路線構想で一部経路の候補
