軍鶏
ニワトリの品種
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特徴
本来は闘鶏専用の品種で、そのため「軍鶏」の字が当てられた。オスは非常に闘争心が強い。
三枚冠もしくは胡桃冠で首が長く、頑強な体躯を持つ。羽色は赤笹、白、黒等多様。身体の大きさにより大型種、中型種、小型種に分類されるが、系統はさらに細分化される。
歴史
品種改良
闘鶏、食肉、鑑賞目的に品種改良が行われてきた。本来が闘鶏であるためオスはケージの中に縄張りをつくり、どちらかが死ぬまで喧嘩をするため、大規模飼育が難しい。食肉用には気性の穏やかな他の品種との交配種も作られ、金八鶏など品種として定着したものも存在する。また海外に輸出され、アメリカにおいてはレッドコーニッシュ種の原種ともなった。
その他
主な飼育地は、東京都、茨城県、千葉県、青森県、秋田県、高知県など。沖縄方言ではタウチーと呼ぶが、台湾でも同じように呼ばれており、昔から台湾(小琉球)と沖縄(大琉球)の間に交流があったことの裏づけとなっている。
闘鶏には気性の激しい個体ほど好まれ、闘鶏で負けた鶏や、闘争心に欠けると判定された鶏は、ただちに殺されて軍鶏鍋にされた。そのため、江戸時代から食用としても知られ、幕末には軍鶏鍋が流行したとされる。また、戦いのために発達した軍鶏の腿や胸の筋肉には、ブロイラーにはない肉本来のうまみがあり愛好者が多く、他の地鶏に比べて大型であるために肉量が多い。他の地鶏とシャモを掛け合わせた一代雑種の「おとし」、「しゃもおとし」が軍鶏鍋に使われるようになると、鶏肉の代名詞として定着するようになった。
激しい気性から、気の短い人、けんかっ早い人の喩え、あだ名につかわれる。
「しゃも屋 今金」 今金(店主 長谷川てる)は、神田区鍛冶町にあったしゃも鍋、鳥料理の専門店。神田区連雀町にあった金清楼(店主 長谷川清吉)は同系列の割烹店で、家や庭が広く、官吏や学生の客で繁盛した。しゃも鍋の絵あり。「東京の志やも屋といへは今といふ字を必す冠るが定式の如し其元は今金を以て初めとすされとも今金は金清楼となり又神田の今金は廃業して今金の名絶たり」と記載あり。 — 清水晴風著『東京名物百人一首』明治40年8月「しゃも屋 今金」より抜粋[3]

