220年(黄初元年)、禅譲により成立した魏は旧雍州地域に涼州を設置、旧涼州地域が雍州とされた。また文帝の時期に雍州西部に秦州を設置された。
西晋が成立すると州治は長安に移され、東晋の時代になると太元年間に僑州としての雍州が設置されたが、554年、西魏はその版図内に同名州が存在することとなったため、僑州の方を襄州と改称された。北周が成立すると雍州は国都である長安の所在となり、長官は刺史の上位の州牧が設置され、隋・唐に継承された。
またこれ以前の487年(太和11年)、北魏により雍州西部に岐州を設置された。