雷丘
奈良県明日香村にある丘
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小墾田宮
→詳細は「小墾田宮」を参照
小墾田宮(おはりだのみや)は、飛鳥時代の推古朝および奈良時代の淳仁朝・称徳朝の宮殿。「小治田宮」とも書く。近年の発掘調査で、雷丘とその周辺にあった可能性が高いとされている。
- 雷丘東方遺跡出土 「小治田宮」墨書銘土器
明日香村埋蔵文化財展示室展示。 - 雷丘東方遺跡出土 井戸枠
明日香村埋蔵文化財展示室展示。
雷城
発掘
伝説
『日本霊異記』(上巻巻頭)と『日本書紀』[4]に雷丘に関連する伝承が記されている。
雄略天皇が后と寝ている寝所へ、家臣の少子部栖軽(ちいさこべのすがる)が気付かずに入ってしまい、天皇に「雷神を捕らえてこい」と命じられる。栖軽は豊浦寺と飯岡の間にある丘に落ちていた雷神を連れ帰り天皇に献上するも、天皇は光り輝く雷神に恐れをなし「落ちていた所へかえしてこい」と命じる。この雷神が落ちていた所を雷岡(雷丘)という。
数年後、小子部栖軽が亡くなると雄略天皇は彼の忠義を讃え、この丘に「取雷栖軽之墓」(雷神を捕らえた栖軽の墓)と墓標を建てる。これに雷神が腹を立て墓標を踏み潰すが、その割れ目に足を取られ抜けなくなってしまう。天皇は雷神を逃がし「生之死之捕雷栖軽之墓」(生前も死後も雷神を捕らえた栖軽の墓)と墓標を建て直した。
周辺
交通
- 奈良交通バス「飛鳥」または「豊浦」下車、徒歩5分。

