韮山町

日本の静岡県田方郡にあった町 From Wikipedia, the free encyclopedia

韮山町(にらやまちょう)は、かつて静岡県東部の、伊豆半島に位置したである。2005年4月1日に、大仁町伊豆長岡町合併し、伊豆の国市の一部となった。

廃止日 2005年4月1日
廃止理由 新設合併
韮山町大仁町伊豆長岡町伊豆の国市
現在の自治体 伊豆の国市
日本の旗 日本
概要 にらやまちょう 韮山町, 廃止日 ...
にらやまちょう
韮山町
韮山代官所・江川邸
韮山代官所・江川邸
韮山町旗 韮山町章
韮山町旗 韮山町章
廃止日 2005年4月1日
廃止理由 新設合併
韮山町大仁町伊豆長岡町伊豆の国市
現在の自治体 伊豆の国市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 静岡県
田方郡
市町村コード 22326-3
面積 34.63 km2
総人口 19,602
推計人口、2005年3月1日)
隣接自治体 函南町熱海市大仁町伊豆長岡町
町の木 マツ
町の花 ツツジ
韮山町役場
所在地 410-2192
静岡県田方郡韮山町四日町243番地
座標 北緯35度03分33秒 東経138度57分10秒
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歴史

箱根峠伊豆府中三島)に近いので、箱根以東の政治勢力からは、韮山は三島と列んで、伊豆国の拠点都市の一つとして見なされていた。

鎌倉時代

源平合戦の時期、郊外に当たる蛭ヶ小島には、源頼朝が政権によって流刑されていた。関東武士団は、この頼朝を指導者として仰いで一体化し、鎌倉開府への道を開いた。

室町-戦国時代

享徳の乱で鎌倉入りできなかった鎌倉公方足利政知が、守山北側に堀越御所を構え堀越公方となった。公方家臣の外山豊前守により韮山城築城。北条早雲こと伊勢宗瑞の伊豆討ち入りを期に韮山は後北条氏による伊豆支配と関東一円への勢力拡大への拠点となる。戦国末期の小田原征伐豊臣秀吉軍が来襲し韮山城は開城。後北条氏の支配は幕を閉じた。

江戸時代

江戸時代には、伊豆国一帯は天領で、韮山には伊豆国の統治の拠点となる韮山代官所が置かれていた。

明治維新以後

明治維新の時、韮山は韮山県の県庁所在地となった。しかし、1871年明治4年)8月29日廃藩置県の直後に、韮山県は分割され、足柄県に属した。その後の1876年(明治9年)8月21日に足柄県は分割され、その後は静岡県に属している。

  • 1877年(明治10年) - 多田村・山木村・金谷村・土手和田村・瀧山村が合併して韮山町となる。
  • 1889年(明治22年) - 韮山町・四日町村・寺家村・長崎村・奈古谷村・原木村・中条村・南条村・中村・内中村が合併し、村制施行して韮山村となる。
  • 1962年昭和37年) - 韮山村が単独で町制施行して、韮山町となる。
  • 2005年平成17年)4月1日 - 伊豆長岡町大仁町と合併し、伊豆の国市となる。

交通

学校

高等学校
中学校
  • 韮山町市立韮山中学校
小学校
  • 韮山町市立韮山小学校
  • 韮山町市立韮山南小学校

観光地

出身者

脚注

関連項目

外部リンク

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