顕州 From Wikipedia, the free encyclopedia 顕州(顯州、けんしゅう)は、中国にかつて存在した州。隋代から唐初にかけて、現在の河南省南部に設置された。 魏晋南北朝時代 太和年間に北魏により設置された東荊州を前身とする。554年(廃帝3年)、西魏により東荊州は淮州と改称された。 隋代 隋初には、淮州は下部に2郡3県を管轄した。583年(開皇3年)、隋が郡制を廃すると、淮州の属郡は廃止された。585年(開皇5年)、淮州は顕州と改称された。607年(大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、顕州は淮安郡と改称され、下部に7県を管轄した[1]。隋代の行政区分に関しては下表を参照。 さらに見る 隋代の行政区画変遷, 区分 ... 隋代の行政区画変遷 区分開皇元年区分大業3年 州淮州殷州純州広州豫州鄭州潘州溱州-郡淮安郡 郡江夏郡真昌郡城陽郡上川郡大義郡漢広郡襄邑郡舞陰郡期城郡初安郡-周康郡-県比陽県慈丘県桐柏県平氏県真昌県顕岡県臨舞県 県江夏県陽平県比陽県城陽県義郷県淮南県-平氏県北平県舞陰県臨舞県東舞陽県昭越県--上蔡県青山県震山県 閉じる 唐代 621年(武徳4年)、唐により淮安郡は顕州と改められた。顕州は比陽・慈丘・平氏・顕岡の4県を管轄した。635年(貞観9年)、顕州は唐州と改称された[2]。 脚注 [1]『隋書』地理志中 [2]『旧唐書』地理志二 関連項目 殷州 純州 広州 豫州 鄭州 潘州 溱州この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 Related Articles