高根町
日本の山梨県北巨摩郡にあった町
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| たかねちょう 高根町 | |||||
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| 廃止日 | 2004年11月1日 | ||||
| 廃止理由 |
新設合併 須玉町、高根町、長坂町、白州町、明野村、大泉村、武川村→北杜市 | ||||
| 現在の自治体 | 北杜市 | ||||
| 廃止時点のデータ | |||||
| 国 |
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| 地方 | 中部地方(甲信越地方) | ||||
| 都道府県 | 山梨県 | ||||
| 郡 | 北巨摩郡 | ||||
| 市町村コード | 19404-2 | ||||
| 面積 |
64.66 km2 (境界未定部分あり) | ||||
| 総人口 |
9,604人 (推計人口、2004年10月1日) | ||||
| 隣接自治体 |
須玉町、大泉村、長坂町 長野県南牧村 | ||||
| 町の木 | 赤松 | ||||
| 町の花 | ドウダンツツジ | ||||
| 高根町役場 | |||||
| 所在地 |
〒408-0002 山梨県北巨摩郡高根町村山北割3261 | ||||
| 座標 | 北緯35度50分15秒 東経138度24分48秒 | ||||
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| ウィキプロジェクト | |||||
2004年(平成16年)11月1日、高根町を含めた北巨摩郡7町村が合併して北杜市が発足し、高根町は廃止された。
地理
歴史
先史時代
清里丘の公園が建設された際には遺跡の調査も行われ、旧石器時代の丘の公園内遺跡群が発見されている[2]。縄文時代の遺跡は高根町の全域に分布しており、特に八ヶ岳の南麓は縄文遺跡が豊富なことから「縄文の回廊」と呼ばれている。その一方で、その後の弥生時代、古墳時代、奈良時代の遺跡は極めて少ないとされる[2]。
古代
大和朝廷の時代、この地域は巨麻郡(後の巨摩郡)の逸見郷(へみごう)に属していたとされる[2]。古くから甲斐国は名馬の産地として知られており、その貢上馬は京で「甲斐の黒駒」と称えられた。平安時代には甲斐国の3か所に御牧(朝廷の直轄牧場)が置かれたが、柏前牧は現在の高根町念場原付近だったとする説が最有力である[2]。紀貫之は逸見郷などの御牧を「都まで なづけて索くは をがさ原 へみの御牧の 駒にゃ有るらむ」と詠んでいる[2]。
中世
鎌倉時代以後の荘園制の時代、この地域は逸見荘に属していた[2]。源義光(新羅三郎義光)を祖とする甲斐源氏は逸見荘を発祥地としている[2]。源義清や源清光らがこの地域に館を構え、源清光は谷戸城を築いて逸見荘を治めた[2]。源清光の子である逸見光長は逸見氏の祖である[2]。
戦国時代、後の高根町域の大部分は熱那庄に含まれていた[2]。天正17年(1589年)には徳川家康の下で伊奈熊蔵による検地が行われ、国中地方3郡の行政区画(九筋二領)が定められたことで、この地域は逸見筋に属した[2]。
近世
江戸時代のこの地域には北巨摩郡樫山村、浅川村、長沢村、村山北割村、堤村、箕輪村、箕輪新町、村山東割村、村山西割村、蔵原村、小池村、五町田村、上黒沢村、下黒沢村の14か村があった[2]。文化11年(1814年)に成立した『甲斐国志』によると、石高は計5,736.512石、戸数は計1,317戸、人口は計5,189人だった[2]。
近現代
行政区分の変遷
行政
教育
交通
施設
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 金刀比羅神社 - ヒメコマツが県指定天然記念物。「箕輪新町のおんねりと巫女舞」が県指定無形民俗文化財。
- 熱那神社 - 本殿・算額が町指定文化財。サクラが町指定天然記念物。「太々神楽」が町指定無形民俗文化財。
- 泉龍寺 - 曹洞宗の寺院。浅川伯教・浅川巧兄弟の菩提寺。
- 蓮永寺 - 日蓮宗の寺院。
- 清里高原
- 清里の森
- 清里丘の公園 - 丘の公園内遺跡群を有する。
- 清里ポーセリンミュージアム
- 美森の大ヤマツツジ - ツツジとしては日本最大級の巨木。国指定天然記念物。
- 村山六ヶ村堰疎水 - 農業用水。
- 清泉寮 - キープ協会による宿泊研修施設。
- 「箕輪新町のおんねりと巫女舞」 - 県指定無形民俗文化財。
- 「長沢長沢寺の数珠廻し」 - 町指定無形民俗文化財。
- 「日吉神社の筒粥の神事」 - 町指定無形民俗文化財。
- 「小池舩形神社の茅輪神事」 - 町指定無形民俗文化財。
- 熱那神社
- 泉龍寺
- 清泉寮




