高階光子 平安時代の女性 From Wikipedia, the free encyclopedia 高階 光子(たかしな の みつこ/こうし、生没年不詳)は、平安時代の女性。夫に佐伯公行。 略歴 高階成忠の娘。藤原道隆室である高階貴子(高内侍・儀同三司母)の妹。藤原定子の子敦康親王の乳母とも言われる[1]。 正暦元年(990年)10月22日[注釈 1]、従五位下に叙せられる[2]。 寛弘6年(1009年)2月、定子のライバルであった藤原道長と中宮彰子及び敦成親王を呪詛するために、源方理らと厭符の製作を僧円能に依頼したことが発覚し、捕らえられ官位を剥奪された[3]。 参考文献 山中裕『源氏物語の史的研究』(思文閣出版、21p) 関口力『摂関時代文化史研究』(思文閣出版、21p) 脚注 [脚注の使い方]注釈 [1]同月5日に定子が立后、「中宮」を号した。 出典 [1]20世紀日本人名事典. “高階光子とは”. コトバンク. 2022年9月29日閲覧。 [2]『小右記』正暦元年10月22日。なお、同記事には「后(定子)の乳母か」との注がある。 [3]思文閣出版, p. 21. この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles