麒麟
中国神話の伝説上の霊獣
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外見
性格
普段の性質は非常に穏やかで優しく、足元の虫や植物を踏むことさえ恐れるほど殺生を嫌う。
神聖な幻の動物と考えられており、動物を捕らえるための罠にかけることはできない。麒麟を傷つけたり、死骸に出くわしたりするのは、不吉なこととされる。
また、『礼記』によれば、王が仁のある政治を行うときに現れる神聖な生き物「瑞獣」とされ、鳳凰、霊亀、応竜と共に「四霊」と総称されている[3]。このことから、幼少から秀でた才を示す子どものことを、麒麟児や、天上の石麒麟などと称する。
孔子によって纏められたとされる古代中国の歴史書『春秋』では、聖人不在で泰平とは言えない時代に麒麟が現れ、捕らえた人々が麒麟を知らず気味悪がって打ち捨ててしまったことに、孔子は深く諦念し筆を擱(お)いてしまうという、いわゆる「獲麟」の記事をもって記述が打ち切られている。
種類
麒麟は色によって種類があり、青いものを聳孤(しょうこ)、赤いものを炎駒(えんく)、白いものを索冥(さくめい)、黒いものを角端(かくたん)、黄色いものを麒麟と言う[4]。角端は甪端(ろくたん)ともいう。
麒麟とキリン

宝船艦隊を率いて生涯に七度にわたって南海へ航海した明の鄭和は、東アフリカからキリンを持ち帰り永楽帝に献上した[5]。信憑性は明らかではないが、永楽帝はキリンを気に入り、伝説上の動物「麒麟」に姿が似ていたこと、また現地のソマリ語で「首の長い草食動物」を意味する「ゲリ」の音に似ていたことから、“実在の麒麟”として珍重したと言われる[6]。
このような経過もあり、日本においては、明治時代の田中芳男ら博物学者たちによる「giraffe」(ジラフ)の訳語制定のなかで「麒麟」が訳案として持ちだされ、最終的に「麒麟」が採用された[7]。また、日本語だけでなく朝鮮語においてもキリンは「麒麟」(기린、麒麟、文化観光部2000年式:girin、マッキューン=ライシャワー式:kirin)と呼ばれている。一方で、中国語ではキリンは「麒麟」ではなく「長頸鹿」(“長いくびの鹿”、繁体字: 長頸鹿、簡体字: 长颈鹿、拼音: )と呼ばれている。
騏驎
日本における麒麟
織田信長は麒麟という字を具現化した花押(麟の花押)を使用している。その理由としては、信長が足利将軍家にかわってみずから天下を統一しよう、という願望を抱いていたためとされている[8][9]。
徳川家康も王が仁のある政治を行うときに現れる麒麟を信仰していた。日光東照宮には陽明門や拝殿などに麒麟の彫刻や絵画などの装飾が施され、麒麟が様々な霊獣の中心的な存在として扱われている。
その他多くの神社等で麒麟は祀られている。太宰府天満宮の手水舎のそばには、幕末の博多の商人たちが寄付した麒麟像が幸せを運ぶ「うその像」とともに立つ[10]。また、東京都中央区の日本橋には、獅子像、松や榎木の浮き彫りなどの装飾とともに、東京の繁栄を象徴する麒麟像が施されている[11][12]。
