黒木三次
日本の政治家 (1884-1944)
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人物
第1軍司令官を務めた黒木為楨陸軍大将伯爵と、妻ヒヤク(黒田清隆の養女)の長男として東京に生まれる。一高で内村鑑三の元で学び、明治45年(1912年)東京帝国大学法科大学を卒業。大正7年(1918年)から欧米に留学し、帰国後は母校の東京帝国大学法科大学で副手を務める。大正12年(1923年)2月3日の父の薨去を受けて襲爵し、伯爵となる。三次は同年9月1日に発生した関東大震災の復興を目的とした帝都復興院参与に就任し、大正15年(1926年)5月1日には補欠選挙で貴族院伯爵議員に選出された[2]。貴族院議員は薨去するまで務めた[1]他、司法省委員や中央水産会・中央農業会・全国農業経済会の設立委員等、数々の公職に就いた[1]。墓所は多磨霊園。
三次は内閣総理大臣松方正義公爵の嫡男、第十五銀行頭取松方巌公爵の娘竹子(1895-1979[3])と結婚した。竹子の叔父幸次郎や松方三郎は三次と共に熱心な美術収集家だが、松方三郎が美術や音楽、登山に興味を持ったのは三次の影響だと言われる。
