猫尾城
From Wikipedia, the free encyclopedia
立地・構造
歴史
根占城主であった源助能が12世紀末に築いたとされる。助能の子・黒木定善は黒木荘を領し、これ以降黒木氏は代々猫尾城を本拠とした。建武3年3月8日(1336年4月27日)に足利尊氏は上野頼兼の旗下に入るよう荒木家有らに命じ、黒木城にいる南朝方の菊池武敏を攻撃させた。これによって当城は落城し、3月17日(5月6日)に頼兼の軍勢によって破却されている。当城はその後再建され、応安7年11月15日(1374年12月26日)には今川義範らの攻撃を受けて翌日に降参した。
天正12年(1584年)に大友義統は筑後へ反攻し、龍造寺氏についていた黒木実久の守る当城も攻囲された。7月20日(8月25日)には水源を止められ兵粮にも事欠く状態となったが、龍造寺氏の援将・土肥家実や馬場信貞の奮戦もあって戦況は膠着した。このため立花道雪らが8月19日(9月23日)に攻城に加わり、9月1日(10月4日)に陥落した。慶長6年(1601年)に筑後に移封された田中吉政は、当城に辻重勝を城番として置き、3,605石を領知させている。元和元年(1615年)の一国一城令により廃城になったものと思われる。
