宋玉 From Wikipedia, the free encyclopedia 宋玉(そうぎょく、生没年不詳)は、戦国末期(紀元前3世紀頃)の楚の文人。屈原の弟子とも後輩ともいわれ、「屈宋」と併称される[1]。漢の韓嬰の『韓詩外伝』や、劉向の『新序』「雑事第一」および「第五」に宋玉に関する逸話が記載されている。 現在宋玉の作品として伝えられるものは、 『楚辞章句』の「九弁」「招魂」 『文選』の「高唐賦」「神女賦」「登徒子好色賦」「対楚王問」 『古文苑』の「笛賦」「大言賦」「小言賦」「諷賦」「釣賦」「舞賦」 また、「宋玉賦十六篇」[2]や「宋玉集三巻」[3]も作ったとされるが、これらの作品がどういう内容のものなのかは明らかではない。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 東晋の習鑿歯の『襄陽耆旧記』巻1に、「宋玉は、楚の鄢の人なり。故に宜城に宋玉の塚在り。始め屈原に事ふ。屈原は、既に放逐せられ、楚に事ふるを友の景差に求む。景差は、其の己に勝るを懼れ、之を王に言う。王以て小臣と為す」とある。 ↑ 『漢書』巻30、芸文志第10に「宋玉賦十六篇。楚人、與唐勒並時、在屈原後也。」とある。 ↑ 『隋書』巻35、志第30 経籍4に、「楚大夫宋玉集三巻」とある。 関連書籍 漢の韓嬰『韓詩外伝』 漢の劉向『新序』 『楚辞章句』 班固『漢書』巻30 芸文志第10 『隋書』巻35 志第30 経籍4 関連項目 楚辞 楚の文人 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。表示編集 典拠管理データベース 全般 FAST ISNI VIAF WorldCat 国立図書館 ドイツ アメリカ その他 IdRef Related Articles