杲宝 From Wikipedia, the free encyclopedia 杲宝(ごうほう(こうほうとも言う)、徳治元年(1306年)- 康安2年/正平17年7月7日(1362年7月28日))は、南北朝時代の真言宗の学僧。出身については下野国とも但馬国とも言われている。東寺観智院第1世。 幼いころに出家して高野山にのぼり、その後は東寺宝菩提院の頼宝に真言密教を学んだ。ついで、槙尾山の浄宝に三宝流の灌頂を受け、勧修寺慈尊院の栄海に師事して伝法灌頂を受けた。東寺勧学会学頭・法印・大僧正を歴任する一方、真言教学の研究に専念し、高野山の宥快とともに真言教学の中興の祖と称される。 著書 『杲宝記』 『大日経疏演奥鈔』 『三十卷教王経文次第』 『理趣釈秘要鈔』 『開心抄』 『金剛頂宗綱概』 『大日経教主本地加持分別』 『宝冊鈔』 『徳一未決答釈』 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。表示編集 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF 国立図書館 アメリカ 日本 Related Articles