1ポンド榴弾の内部構造。
1914年の後半、第一次世界大戦の戦況が塹壕戦へと移り変わると、敵が据え付けた機関銃や、他の強固な拠点に対抗して投入するための、高い機動性を持った砲の必要性が明らかとなった。1915年、砲兵委員会のメンバーの一人であったM・F・ローゼンベルグ大佐はこのような要求に応じる兵器を開発した。
これは機関銃座の内部に据砲するには充分にコンパクトであった。その重量は約180 Kg程度で、砲身(約74 Kg)、砲床(82 Kg)と車輪(25 Kg)の三つに分解することができ、これにより移動が容易いものとなった。
この砲は、敵の砲火から砲兵員を防護するため、厚さ6 mmから8 mmの防楯を装備した。
この兵器は、約1マイルすなわち約1.6kmほどの射程において充分な精度を有した。これは歩幅1,000歩から1,200歩に相当するが、歩幅は通常、歩行する人間に依存するであるため、これは均一な尺度ではない。