BOSS戸田
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生い立ち
母国日本に帰還した傷痍軍人が、行き場を無くした有三(3歳)を養子に迎え育てた。
親父は、日本国陸軍二等兵として最前線で、敵地中国大陸で戦っていた。戦いのある時、親父は銃剣で敵人の腹を刺した!とその直後に、敵陣の手榴弾が親父の頭蓋骨を砕いた!親父はこのような悲劇に遇いながらも、銃剣で刺した敵人を想い、戦後60年にわたり、とある寺で供養し続けた。まさに『武士道の精神』であると誇りに想う。
生まれ育った地域、滋賀県。 日本の映画撮影のロケ地として人気がある県です。有三は小中高生時代には様々なジャンルの映画を千本以上観た。シネマに憧れたが、天理大学体育学部に入学した。
映画業界のキャリア
俳優
胸の内にあった憧れの俳優業を55歳になって志した。いくつかのエキストラ出演(2012 月曜ゴールデンTVドラマ狩矢警部シリーズ「京都香道殺人事件」初出演;2013 映画「家」(北原光広監督、西村知美主演) エキストラ出演;2014 映画「駆け込み女駆け出し男」(原田眞人監督、大泉洋主演)エキストラ出演/野武士)後は2014瀬木直貴監督の映画「カラアゲ☆USA」のオーディションに合格して、初出演。
様々な映画撮影や、ラジオ、テレビ出演や、日本の多くの新聞と雑誌の記事で取り上げられた。
映画プロデューサー
2014 「MADURO」創刊2号にはフルカラー1ページのBOSS戸田の活躍と志についての記事「行動を起こすのに年齢は関係ありません」出版された。『還暦でレッドカーペットを歩く』を目標にして、映画業界のキャリアの2年後、映画プロデューサーとして実際にレッドカーペットを歩いた。出演した映画「マザーレイク」が、第57回ズリーン国際映画祭の正式招待作品に選出され、レッドカーペットを歩いたことで夢を実現。
座右の銘は、マハトマ・ガンジーの『明日死ぬ気で生きろ 永遠に生きる気で学べ』